ふたつの階級社会

「社長太平記」(1959年、東宝
監督松林宗恵/脚本笠原良三森繁久弥小林桂樹加東大介久慈あさみ淡路恵子藤間紫/団令子/三好栄子/久保明三木のり平有島一郎山茶花究

森繁さんが亡くなってしまった。告別式に参列した人たちのなかで、小林桂樹さんが落胆した様子でコメントされる姿は胸に迫るものがあった。小林さんのほうが年少とはいえ、“社長シリーズ”の共演者がことごとく先に逝ってしまったのだから、お気持ちは察するに余りある。
最近すんなり眠りにつけないことが多く、この晩もそんな兆候を感じたので、先回りして気持ちを落ち着けるべく愉しい映画を観ることにした。選んだのは社長シリーズの一本「社長太平記」。
この作品の構想は卓抜だ。帝国海軍の艦艇の艦長(提督)に加東大介、兵曹長小林桂樹、一兵卒に森繁久弥。戦後、彼らの序列は逆転する。女性下着会社の社長に森繁、専務に小林、総務課長が加東なのである。復員後亡父(いつものように河村黎吉が写真でカメオ出演)の会社を継いだ森繁が、戦友の上官二人を雇ったという関係になるのである。
軍隊という厳然とした階級社会と、高度成長期にさしかかった日本企業という裏返しの階級社会を対比させ、その上下関係を逆転させる妙。艦艇のなかで一兵卒森繁を怒鳴ってばかりいた小林桂樹が、怒鳴られていた森繁の部下になるという面白さ。ただ、社長がヘマばかりしているので、小林はつい昔の癖で「貴様!」と社長を怒鳴りつけてしまう。森繁社長もかつての上官なので文句が言えない風情。
元提督の加東大介もかつての部下森繁に拾われ、総務課長として毛筆で社是を筆耕したり、結婚した同僚たちから表札に揮毫を求められたりする。加東が書いた社是を森繁は屋上で開かれた朝礼で読み上げるのだが、それが祝詞風なので笑える。
笑えるといえば、冒頭、艦艇内での食事場面。脇で見ている人間が顔をしかめるくらい食べ方がせっかちではしたない森繁を小林は、畏れ多くも天皇陛下からいただいた食事を粗末にしおってと怒鳴りつける。
人間、身についた癖はなかなか抜けるものではない。社長になっても早飯の癖はなおらず、箸は食べ物をつかむものでなく、食器から直接口に入れるための誘導体にすぎない。箸が茶碗にチャカチャカとあたる音が人を苛立たせる。ご飯をせわしなく口に運んで、もぐもぐと休みなく口を動かし、味噌汁の残りをご飯にかけてずずっとかきこむ。鮨屋でも次から次から鮨をつまんでは口に入れる。噛む回数も少なく、すぐ強引に呑みこむ。隣で見ている妻の久慈あさみや愛人の料亭女将藤間紫も呆れ顔。
藤間紫さんも今年亡くなってしまった。久慈・藤間の女性二人に板挟みになってあわてふためく森繁社長の姿に爆笑するとともに、ある種の寂しさも感じる。
爆笑といえば、本作最高の名場面は、試作品のブラジャーができたと社長に報告にきた営業部長三木のり平が、試しにつけてみよと命ぜられ、上半身裸になって、今でいう紐のない「ヌーブラ」を胸毛のある胸に吸いつかせ、動いても踊っても取れないとばかり、ノリにノッて踊りまくる。大爆笑シーンだった。
この映画での小林さんは丸刈りの髪が少し伸びた感じ。小林桂樹・草壁久四郎『演技者 小林桂樹の全仕事』によれば、前年封切られた「裸の大将」での山下清役で坊主頭にして、まだ髪が伸びきっていない小林さんの発案で、軍隊あがりの人物を演じるというシチュエーションが生まれたという。
軍隊の階級社会をパロディにする。わたしなどは大笑いなのだが、終戦から14年を経た人びとにとっても同じなのだろう。でなければヒットするはずがない。元提督加東大介が夜好んで通うのが「海軍キャバレー」。セーラー服を着たホステスが飲み物を運び、バンドは軍艦マーチを演奏する。定年を間近にひかえた加東大介にとって、心の安まる空間なのであった。
演技者―小林桂樹の全仕事