清張映画の限界

生誕100年 原作・松本清張 映像の世界@日本映画専門チャンネル

「危険な女」(1959年、日活)
監督若杉光夫/原作松本清張/脚本原源一郎/渡辺美佐子芦田伸介/高友子/大滝秀治/下元勉/南風洋子/嵯峨善兵/鈴木瑞穂

以前「松本清張作品と映画は相性がいい」と書いた(→2008/7/21条)。双葉文庫から出た『松本清張映画化作品集』シリーズを読んでのことだった。
このアンソロジーに収録されていた映画の原作のうち、観たいと思っていたのは、「地方紙を買う女」の映画化作品「危険な女」だった。主演渡辺美佐子芦田伸介。それほどの人気作家ではないがそれなりに新聞小説などを連載している作家に芦田伸介で、そのファンだと偽って地方新聞購読を申し込んだのが渡辺美佐子という二人の姿を思い浮かべると、期待せずにはいられなかったのだ。原作「地方紙を買う女」は宮部みゆきさんも一押しする名作でもあるし。
今回ようやくその映画を観ることができた。一時間未満の短篇映画だった。『松本清張映画化作品集1 証言』にある細谷正充さんの解説では、細谷さんも未見だが、聞いた話では「それなりにまとまった作品だったとのこと」と紹介されている。
これを受け、観ての第一印象は「ちょっと違うんじゃないの?」。しかし観たあとあらためて原作に目を通してみると、とりわけ後半から幕切れにかけては原作に近いから、「まとまった作品」という印象も一理ある。
しかし、この作品は前半こそ面白さが凝縮されていると思うのだ。人気小説家というほどではない作家が、自分の小説目当てにわざわざ地方新聞購読を直接申し込んでくれた女性がいるということを嬉しがり、そしてその女性が急に「つまらなくなった」という理由で購読を止めたことを悔しがり、訝ってその原因を突き止めてゆく。小説家の屈折した心理の綾もさることながら、謎が解き明かされてゆく過程がいいのである。映画では、残念ながらこの過程は別の筋に書き換えられている。
『点と線』の推理過程同様、このような推理の道筋は、映像にすれば地味で説明的になるし、あまり面白くないのだろう。それはとてもよくわかる。だから、「松本清張作品と映画は相性がいい」という以前の感想は、実はまったく逆なのではないかと考えるにいたった。
たしかに松本清張原作の映画は面白い。その意味で「相性がいい」のかもしれないが、原作は決して映画的ではなく、忠実な映画化はむしろ映画をつまらなくさせるということになる。
映画では、作家と謎の女に、作家の担当編集者の女性(高友子)を絡めた感情のもつれをうまく導入している。また、原作では謎の女の亭主は戦争に行ってまだ帰ってこないという設定だったが、映画では病気療養中で、妻の女性としての生き方を尊重して自ら命を絶つという存在感のある設定になっている。
謎の女を脅してその情人になり、あげくに心中に見せかけて殺される男に若き大滝秀治さん。好々爺たる現在の大滝さんとは異なり、悪役顔で悪漢を演じてこその人であると思う。また謎の女が乗り降りする駅が東中野駅だった。まだまだ田舎の風情残る駅前風景は貴重かもしれない。