アンコールのありがたさ

「黄色い風土」(1961年、ニュー東映東京)
監督石井輝男/原作松本清張/脚本高岩肇鶴田浩二丹波哲郎利根はる恵佐久間良子曽根晴美小林裕子/神田隆/春日俊二/須藤健/柳永二郎

フィルムセンターで映画を観るのは久しぶりだ。ここの記録をたどるかぎりでは、去年8月に中平康監督の「街燈」を観て以来(→2007/8/19条)だから、一年以上遠ざかっていた。しばらくぶりだとは思っていたが、実際調べてみて一年も訪れていなかったことに驚く。上映企画との相性もあるけれど、今年初めてのフィルムセンターとなるのである。
前回の「街燈」は、「逝ける映画人を偲んで2004-2006」の特集における岡田真澄追悼の一本だった。この特集では何本か観たい映画があったのだが、時間が合わず、観たのはこの一本にとどまった。
その他観たいと思っていたのが、石井輝男監督の「黄色い風土」だった。丹波哲郎追悼(そのほか女優利根はる恵)の一本。いま当時のパンフレットを見てみると、平日の午後だったり、夏休み帰省と重なったため、断念したようである。
フィルムセンターには、通常の企画が上映される大ホールのほか、地下に150席あまりの小ホールがあって、近年ここでも小企画が開催されるようになった。とりわけ「京橋映画小劇場」と題した名画座的企画に心動かされる。今回たまたま昨年上映した作品のなかから特に多数の人が観たという17本をアンコール上映する企画が催されており、そのなかに観逃した「黄色い風土」が含まれていたので、時間も合ったから駆けつける。
実は小ホールで映画を観るのは初めて。開場十数分前にフィルムセンターに入ると、大ホール並みの大行列だったのは驚いた。それだけこの作品の人気が高いのか、今回観逃すとあといつ観ることができるかわからないというレアさゆえなのか。いずれにせよ300円のシニア料金で観ることができる人たちの割合がすこぶる高い。わたしがその年齢に達するまであと25年あるけれど、そのときまでフィルムセンターは存続しているのかしらん。またそのときにもこうした昭和の作品を観ることができるのかしらん。
さて目当ての「黄色い風土」は松本清張原作のミステリ映画である。ある取材のため泊まっていたホテルで偶然殺人事件に遭遇した新聞記者が、事件を追ってゆく過程で贋札偽造事件に巻き込まれるという筋。主人公の新聞記者役が鶴田浩二で、丹波哲郎はその上司のデスク役だった。
このころの鶴田浩二は、ヤクザ映画や時代劇でのシリアスなイメージとは違って、丸顔で愛嬌がある。丹波哲郎の鋭さと好対照をなしている。今年4月に観た「電送人間」の鶴田浩二もこんな役柄だった(→4/15条)。
ストーリーは、松本清張にしては珍しいのではと思われる犯人捜しのミステリで、“意外な犯人”物とも言うべきジャンル。途中ウトウトしていたときに、謎解きの重要な伏線があったらしいうえに、けっこう複雑な筋書きだったため、自分の頭のなかですっきり謎が解きほぐされた爽快さを感じなかったのは残念。
ただ犯人がわかったときには、ふりかえればたしかにこの人物どうもおかしいと思わせる伏線のシーンが張られていたことに気づいた。
ラストで鶴田浩二と犯人が対峙するシークエンスはカタストロフを思わせるような、ハチャメチャと言ってもいいような度迫力のなかで展開される。いかにも映画的で、あるいはこれが石井輝男的とも言うべきなのかもしれないが、ともかくも松本清張原作の映画にしては、異色の一本として挙げられるべき作品だろう。
映画のなかで鶴田浩二らはのべつまくなし煙草を吸っている。禁煙して十年以上経っているので、もう煙草を吸おうという気持ちにはならないが、とてもおいしそうなのである。いやこの作品の鶴田浩二に限らない。昭和30年代の日本映画を観ると、おしなべて登場人物たちが煙草を吸うシーンに惹かれる。当時のごく日常的な仕草なのだが、それゆえにこそ俳優としての演技のポイントがあったのかもしれない。
そして煙草だけでなく、瓶ビールをコップに注いで飲むシーンや、出前のラーメンをすするシーン、それぞれに登場するビールやラーメンに思わずお腹が鳴り、喉に渇きをおぼえてしまう。なぜなのだろう。