団令子の魅力満開

「素晴らしい悪女」(1963年、東宝
監督恩地日出夫/原作石原慎太郎/脚本白坂依志夫/団令子/久保明宮口精二/タロー関本/鹿内タカシ/田村奈己/内田裕也藤原釜足/武智豊子/神山繁小池朝雄

ラピュタ阿佐ヶ谷での白坂依志夫特集を観るのは、結局この映画一本のみになりそうだ。特集以前、新聞朝刊の週刊誌広告で、有名脚本家が女優たちとの赤裸々な情事を暴露するといった見出しがあった。これはきっと白坂依志夫のことに違いないと、その日の仕事帰り珍しくその週刊誌の記事を立ち読みしてしまった。
記事の原拠は、『シナリオ』六月号別冊「脚本家白坂依志夫の世界「書いた!跳んだ!遊んだ!」」で、そこに全文収録されている『シナリオ』連載エッセイ「白坂依志夫の人間万華鏡」である。左幸子や嵯峨三智子、太地喜和子や団令子との情事が生々しく書かれている。
そもそも脚本白坂依志夫の作品はけっこう観ている。「ああ、この作品も」という著名な映画が多い。たとえば「永すぎた春」「巨人と玩具」「最高殊勲夫人」「偽大学生」「「可否道」より なんじゃもんじゃ」「けものみち」などなど。増村保造と組んだ作品が多い(前掲エッセイでも増村は取り上げられている)。
上記エッセイでも、今回の特集ラインナップでも、もっとも気になったのが団令子だった。彼女の主演作が「素晴らしい悪女」で、タイトルどおり魅力的な悪女を演じる。
優秀な兄(神山繁)のようなエリート・サラリーマンを目指し、彼女(田村奈己)と幸福な結婚をしてテレビや電気冷蔵庫のある生活を夢見る大学生久保明は、友人からアパート管理人のアルバイトを紹介される。
横浜にあるそのアパートに住んでいるのが団令子。クラブのホステスをしながら、何人もの金持ちたちの妾となって、必死にお金をためこんでいる。久保明は最初そうした団の生き方を軽蔑していたが、あることをきっかけに団が踏み込もうとする悪の世界に力を貸すことになる。
そのきっかけというのが、一流企業への就職失敗。試験に落ちた久保は、大学の友人でスポーツカーを乗り回して怪しい関西弁を話すイヤミな同級生が一流企業専務の御曹司であることに目をつけ、恋人を犠牲にして見返りに就職斡旋を依頼する。いい生活を夢見る彼女は、結局それがきっかけで久保から離れ、同級生と結婚の約束をしてしまう。その同級生役がなんと内田裕也。キザな雰囲気が意外に似合う。
団令子は、後ろ姿だけだがセミ・ヌードを披露。後ろからちらりと豊かな乳房が見えてドキリとする。グラマラス。久保から「パン助」と罵られながら、それを承知でどん底の世界に浸りきり、そこから一気の脱出を試みようとする。彼女を取り巻くセックスフレンドの一人が、中国人の宮口精二であるのも面白い。
彼女の魅力が満開だったのは、久保と二人で船に乗り、横浜湾の沖合に出て、波しぶきを顔に受けながらこれまでの人生を語る一人語りのシーンだろう。しぶき除けのため髪の毛をすっぽりベールで覆っているため、顔が目立つ。しかもアップで最後まで滔々と語り続ける。
団令子は貧乏な船上生活者の家に生まれ、いまでも家族は船で暮らしている。貧窮のどん底にある父母が藤原釜足と武智豊子で、ワンシーンながら存在感たっぷり。姉の団から小遣いとして紙幣をもらって喜ぶ幼い妹だが、それを父親藤原釜足が容赦なく奪い取って泣かせてしまうシーン、悲しいが笑える。
真面目顔でいかにもエリートを目指す大学生がぴったりの久保明を、こうしたノワール感のある作品で少し不良に傾いた役にはめ込むあたり新鮮。といっても結局久保は、お腹に子供(しかも自分の子かわからない)を宿して戻ってきた恋人と一緒に、友人に媚びて一生を終える一流企業のサラリーマン生活を選ぶ。皮肉なラストである。