佐野周二の苦虫顔

「大阪の宿」(1954年、新東宝
監督・脚本五所平之助/原作水上滝太郎/監修久保田万太郎/脚本八住利雄/音楽芥川也寸志佐野周二乙羽信子細川俊夫水戸光子左幸子/川崎弘子/三好栄子/藤原釜足/安西郷子/多々良純/十朱久雄/中村是好田中春男

水上滝太郎の原作を読んで以来、観てみたかった映画だった。東京で重役を殴ってしまい大阪の支店に左遷された生命保険会社のサラリーマン佐野周二が主人公。彼の祖父が会社の発起人の一人なので馘首を免れたが、佐野はそういう立場が気に入らない。
左遷され、落魄しているという、苦虫を噛みつぶした雰囲気がまた佐野周二によく似合う。彼にひそかに心を寄せる芸妓「うわばみ」役に乙羽信子。酔いっぷりが豪快で(だから「うわばみ」と呼ばれるわけだが)、気に入らない相手には酒を頭からぶっかけるという奔放さと快活さは、きっと乙羽信子のはまり役だろうと期待していた。
実際はまり役ではあったのだが、映画作品のなかのキャラクターとしては、原作で感じていたほどはじけたものではなく、意外におとなしい。
行儀のいい客佐野周二によくする旅館「酔月」の女中二人(水戸光子・川崎弘子)もいい。もう一人の女中左幸子は、水戸・川崎のおばさんコンビと対照的に「アプレゲール」で、嫌味な客(ここでもそうだ)多々良純に取り入ろうとする。
昔ながらの旅館を温泉マークの連れ込みホテルに変えようと商魂たくましい女将三好栄子、その兄貴だが冴えない下働きをやらされている「おっさん」こと藤原釜足の脇役も存在感たっぷり。
大阪の支店でも正義感からしくじって、また東京に戻される佐野周二を囲み、酔月を辞めた水戸光子が働くすき焼き屋で歓送会を開く仲間たち。曲がったことが嫌いで自分の信じるところを貫く佐野周二には、たとえどこに左遷されても彼を強く信頼する仲間がいる。