あきれたぼういずのコント
ラジオ局の新人アナウンサー小林桂樹が、仕事に熱中しすぎて婚約者の野上千鶴子につむじを曲げられ、婚約破棄を申し渡されてしまうが、何とか仕事も恋路も両立させようと奮闘するというのが筋。
『演技者 小林桂樹の全仕事』*1(ワイズ出版)によれば、小林さんは「作品自体はB級作品なのですが、これが後のサラリーマン物に結びつくキッカケになったと思います。二枚目半を伸び伸びやった。僕自身満足している作品なんです」
(93頁)という。たしかに後年の軽快な小林さんの雰囲気があって後味がいい。
またこの作品では森繁久弥と初共演を果たしている。出演者に名前があったので意識していたのだが、「ああ、この人が森繁さんか」としばらく経ってから気づくほど、後年の臭み(良い意味での)がない。好青年を崩したような、二枚目半と三枚目の間、二枚目七・五といったあたりの役柄。前掲書によれば、この頃はまだ出演映画も多くなく、ラジオのアナウンサーから役者として売り出そうとしていた最初の頃だったのではないかとのことだ。
そして何と言ってもこの映画のウリは、小林さんが勤めるラジオ局の番組で、放送のためマイクの前で生で演じられる藝の数々だろう。ストーリー展開とは無関係なので、いいアクセントになっている。
これらの場面だけに出演する面々は、前掲書のフィルモグラフィやウェブの映画データベースにも出ていないため(スタッフロールには登場)、「知る人ぞ知る」ということなのかもしれない。
とりわけ益田喜頓・坊屋三郎・山茶花究の「あきれたぼういず」のコントが観られるのが素晴らしい。以前、やはりこれも小林さん出演作だった「親馬鹿大将」を観たとき(→10/10条)にも、三人の高音の歌声にしびれたものだったが、この映画ではドタバタのコントなのである。
山茶花究がコントを引っぱり、益田喜頓がボケ役という立場。まあ他愛ない、でも坊屋三郎を加えた三人のアンサンブルが見事なコントについ頬が緩んでしまう。実はラジオでは音だけが流されているわけで、それを三宅邦子(婚約者野上千鶴子の姉で、ファッションデザイナー)が聴いていたら、婚約者の出演する番組を聴きたくない野上がスイッチを切ってしまうという場面になる。
あきれたぼういずのコントは、二人のこのシーンによってあえなく切られてしまうのであり、「ああ、ラジオのスイッチを切らないで」と思ってしまうのだった。