仮名手本忠臣蔵パロディの傑作

「サラリーマン忠臣蔵」(1960年、東宝
監督杉江敏男/脚本笠原良三森繁久弥三船敏郎池部良東野英治郎小林桂樹宝田明司葉子新珠三千代加東大介有島一郎三橋達也志村喬久慈あさみ夏木陽介/団令子/山茶花究柳永二郎/中島そのみ/児玉清藤木悠八波むと志/沢村いき雄/草笛光子柳家金語楼

心から楽しめる映画である。「忠臣蔵」のパロディといっても、実際に起きたいわゆる「赤穂事件」のパロディではなく、歌舞伎化された「仮名手本忠臣蔵」を現代に当てはめている。お軽勘平や一力茶屋などドラマティックな架空物語がある「仮名手本」が土台なのはけだし当然か。
江戸時代の幕藩制社会は現代企業の組織の比喩で語られることが多い。そもそも企業組織内部の人間関係など、あれこれの問題が出てきたのは高度成長期のことなのだろうから、さしずめこの映画などは先駆的な比喩の事例なのかもしれない。
サラリーマン忠臣蔵 正・続篇 [DVD]丸菱コンツェルンという財閥が幕府となるのだろう。この財閥がアメリ使節団を迎えるというのが大枠。つまりはこれが勅使接待。財閥の会長が役名「足利直義」で柳永二郎。接待委員長の丸菱銀行頭取が「吉良剛之介」東野英治郎で、いかにも憎々しげな師直=吉良役者だ。東野英治郎は実際映画かテレビの「忠臣蔵」で吉良上野介の役をやっているはず。そんな記憶がある。
傘下企業として接待委員になっているのが、若狭金属社長の「桃井和雄」三船敏郎や、赤穂産業社長「浅野卓也」池部良。それぞれ桃井若狭之助と塩冶判官というわけである。ストーリーは「仮名手本」よろしく、吉良と桃井がいがみ合ったすえ桃井が吉良に雑言を浴びせて一触即発となる。
桃井が吉良を殴るつもりで接待当日勢い込んで彼の前に出ると、吉良は桃井に先日の無礼を詫び、打って変わって丁重に遇するので、気勢をそがれてしまう。すでに事前に桃井の部下の志村喬(角川本蔵!)が吉良とその秘書山茶花究(伴内耕一=鷺坂伴内)に賄賂を贈っていたため、事なきをえたのである。
このときの賄賂が江戸時代の大判金貨であるのも笑えるのだが、吉良と桃井が対立するきっかけとなった使節団への贈り物が「新田義貞の兜」というのも芸が細かい。吉良が桃井に向けていた矛先を浅野に転じるきっかけが、秘かに懸想していた芸者加代次(顔世御前=新珠三千代)が浅野といちゃついていた宴席を立ち聞きしたことというから、吉良の色好みぶりもきちんと踏まえられている。
吉良の毒舌に激昂した浅野が吉良を殴るのが、使節団を迎えるホテルのロビー。壁に日本画風の松の絵が描かれている。つまりは「松のロビー」なのである。お手本どおり浅野を押しとどめるのが角川本蔵であって、この事件が起こったとき、浅野の秘書である宝田明(早野寛平)と司葉子(寺岡軽子)は皇居端で昼休みのデートをしている。軽子の兄寺岡平太郎(小林桂樹)は赤穂産業専務である森繁久弥大石良雄)の運転手であって、いっぽうの常務は吉良に通じる有島一郎大野久兵衛)。
ロビーでの乱妨狼藉により接待委員の任を解かれた浅野は、鬱憤晴らしに一人箱根にドライブに出かけ、自動車事故で亡くなってしまう。さすがに現代では、たとえ大事な行事の日に傷害事件を起こしても切腹にはならない。このあたりをどう処理するかが最も難しいポイントだったかもしれない。だから、四段目の判官切腹の場や城明け渡しの場はないのである。ともあれ、空席となった社長の椅子に座ったのが、吉良なのである。
吉良による会社の恣意的な運営に業を煮やした森繁らは、裏で桃井の協力を取り付けたうえで、社長就任の宴席で突然辞表を提出し、自ら社長となって新会社を設立するという反乱を起こす。この作品はここまでで、以後「討ち入り」までは続篇で描かれるという按配。
仮名手本といえば、斧定九郎は大野定五郎となって、三橋達也が演じる。有島一郎の我がまま息子で、なよなよした変なキャラクター。その妹小奈美(小浪、ただし「仮名手本」の小浪は加古川本蔵の娘)に団令子。大石の息子で赤穂商事社員の夏木陽介(大石力)と婚約していたが、有島一郎から突然破棄を申し渡されてしまう。
四十七士のなかでは、堀部安兵衛が「堀部安子」という役名で中島そのみが演じているのがユニーク。男勝りの勢いのいい女性で、赤穂産業のエレベーターガールをしているが、吉良が乗り込んできたとき吉良に辞表をたたきつける。同僚の男たちからは「安べえ」とあだ名で呼ばれているあたり、いかにもという感じでうまいものだ。
続篇はこれから観るが、五段目である定五郎(定九郎)の「二つ玉」と、六段目の勘平腹切、七段目の祇園一力茶屋、九段目の山科閑居が映画でどのように処理されているのか、いまからとても楽しみである。