聖と賤の弁証法

「不敵な男」(1958年、大映
監督増村保造/脚本新藤兼人川口浩野添ひとみ船越英二/永井智雄/市川和子/岸田今日子

売春防止法後も裏で売春組織を経営し、女性を売り飛ばしている永井智雄率いるヤクザ組織のチンピラ川口浩。駅で友人と待ち合わせしていた田舎娘の野添ひとみをだまし、彼女を暴行したところに刑事船越英二に踏み込まれ、逮捕されてしまう。川口は裁判にかけられ、刑期に服すことに。
野添ひとみ特集物語は出所後の川口と、被害者野添ひとみの関係が軸となる。野添は、永井の組が経営していた売春組織の表の顔であるバー(マダムが岸田今日子)で働く水商売の女になっていた。田舎娘と、娼婦に近づきつつある水商売女という野添ひとみの変化。
川口浩は、刑事船越に食事に誘われたことを永井に疑われ、ある日永井ともみ合いになって彼を射殺、新宿の路地を逃げまどう。とうとう警察に追いつめられるが、隠れたところから№2に狙われ、重傷を負ってしまう。
逃げまどう川口がこの世の見納めにと切望したのが、野添ひとみの眼の真意を確かめることだった。自分を見る野添の目の冷たさ、あれは本当に真からのものなのか、どうか。野添のまなざしの力をうまく筋に取り入れた展開と言えるだろう。
脚本は新藤兼人さんだが、先日観た「親不孝通り」とくらべると、物語の重心が川口・野添カップルに偏りすぎる感じ。野添ひとみは田舎娘(無知・可憐)と娼婦(魔性)の両義性というこれまた難役。でもわたしは「親不孝通り」の野添のほうが、逆に遺志の強さを感じさせられて好きだ。
筋自体は、1956年に売春防止法が施行されて以後の売春組織の動きを捉えるという社会性もあって興味深い。また捕まった川口浩が裁かれる法廷シーンにも時間が割かれ、彼がいかにしてグレていったのかという「前史」を回想風に織り込ませたり、刑務所に入った川口が、「人生でもっとも楽しい時間を過ごしたのではないか」というナレーションどおり、活き活きとレクリエーションの野球などをしているシーンが出てくるなど、けっこう工夫されている。
さらに組長射殺から逃避行にいたるラストは緊迫感にみなぎり、秀逸だった。ただそれならば川口浩が最後死んだほうがドラマティックのような気がするのだが、そうさせないところに何か意図があるのだろうか。