身辺整理にご用心

銭ゲバ」(1970年、近代放映・東宝
監督和田嘉訓/原作ジョージ秋山/脚本小滝光郎・高畠久/唐十郎緑魔子/応蘭芳/加藤武岸田森/横山リエ/曽我廼家明蝶/信欣三/左とん平
「結婚の夜」(1959年、東宝
監督筧正典/原作円地文子/脚本池田一朗/小泉博/安西郷子/北川町子/環三千世/柳川慶子/三津田健

今回のシネマヴェーラの特集でもっとも気になった映画は、筧正典監督の「結婚の夜」だった。面白く観た「重役の椅子」の監督、成瀬巳喜男監督の助監督をつとめた人、東宝サラリーマン映画の監督。そんな印象がある。
よくよくふりかえってみると、わたしは筧作品は上記「重役の椅子」一本しか観ていない。「新・三等重役」「大安吉日」「サラリーマン出世太閤記」「新しい背広」「トイレット部長」など面白そうな作品はすべてDVDに録りためているのだけれど、観ていないのだ。
今回の「結婚の夜」は平日ラストの回を観にいくしかなかった。ラストだとすればだいぶ遅くなるので、仕事帰りに観るには時間的にちょうどいい二本立て併映の「銭ゲバ」も「おまけ」で観ることにする。
子供の時貧窮のすえ母親を病気で失い(父親加藤武は酒におぼれ愛人を作って家出)、「世の中銭ズラ!」と思いさだめた主人公蒲郡風太郎が、殺人などの悪行を重ねてのし上がっていく。ジョージ秋山の漫画が原作で、いかにも主演唐十郎の風采は、髪型など漫画のキャラクター(劇画的というべきか)である。
ある社長(曽我廼家明蝶)の車にわざと飛び込んで怪我したことをきっかけに、屋敷の小使として居つくことに成功し、手始めに運転手を撲殺して自分が運転手となる。運転手岸田森はあわれ最初の犠牲者に。岸田の遺体を屋敷の庭に埋めるが、彼が社長の次女にプレゼントして可愛がっていたコリー犬が遺体を嗅ぎつけて掘り起こしていたのを見つけると、その犬まで殺してしまう極悪非道ぶりについ笑ってしまう。
郷里を出るときにも殺人を犯しているのだが、その事件に執着して追いかけ、とうとう成り上がった唐十郎にたどりつく元刑事信欣三のいやらしさも抜群。「ありゃありゃ」と脱力しながら愉しめるこのような映画は、すすんで観ることはなかっただろう。それだけに得した気分。
さてお目当ての「結婚の夜」。主人公小泉博はデパートの時計売場の店員。女たらしであちこちに恋人を作って独身生活を謳歌している。まず堅実そうな役柄(たとえば「三十六人の乗客」)が似合うと思っていた小泉博がこんなプレイボーイを演じる意外性に身を乗り出す。
ある日そこに時計修繕を頼みにやってきたのが女子学生の安西郷子。つぶらな瞳と冷たく長い黒髪に小泉は惹かれ、二人は付き合うようになる。一線を越えてしまうと、安西のほうが小泉に執心し、自分の部屋に招いて手料理までふるまうようになるが、プレイボーイの小泉はそんな安西の愛情が逆に息苦しく、疎んじるようになる。
そこに老舗和菓子屋の娘との縁談が舞い込み、とんとん拍子で話が進んで結婚が決まる。小泉は後腐れないように女と別れるのが男のなかの男だとばかり、これまで関係のあった女性たちと別れるものの、安西には言い出せずそのまま式当日を迎えてしまう。
さあここからが怖い。「女性は怖いですねえ」。思わず淀川長治さんのような口調でつぶやいてしまう恐怖の展開。自分の資質とはまるで正反対ながら、思わず小泉博になった気分で一緒に背筋を寒くする。
明朗で端正で都会的な映画を撮る監督という印象だった筧監督。これも「ありゃありゃ」という展開と言えば言えるのだが、たしかにパンフレットの「筧正典のもっともおかしな一本」という紹介文に深くうなずいてしまう奇妙な顛末。
目鼻立ちが日本人離れしており、大人びた女性の雰囲気のなかにあどけなさも秘められているような安西郷子という女優さんの魔性をあますところなく活かした作品だと言える。それにしても、最後の20分くらいは実に怖かったなあ。
映画が終わったのは22時すぎ。夜の渋谷は久しぶり。シネマヴェーラの近くにはライブハウスのような若者のつどうホールがあるとおぼしい。若者たちは、近くの映画館であんな「怖くて奇妙な昔の映画」が上映されていたとは気づくまい。そんなふうにまったく違った娯楽が混在するのも渋谷ならではか。まだまだ渋谷道玄坂は賑やか、でもやっぱりこの界隈を歩くのは苦手なのである。