二日つづけて神保町シアター

こどもたちのいた風景

「つづり方兄妹」(1958年、東京映画・東宝
監督久松静児/原作野上丹治・野上洋子・野上房雄/脚本八住利雄/織田政雄/望月優子/藤川昭雄/武野マリ/頭師孝雄/香川京子津島恵子森繁久弥菅井きん乙羽信子左卜全二木てるみ

昨日の「秋立ちぬ」につづけて、「つづり方兄妹」を観る。昨日はなかったように思うが、「いま、あの頃の子供たちを映画のなかで」という川本さんのエッセイが載ったリーフレット神保町シアター通信№1)をもらってくる。
大阪枚方に住む貧しいブリキ職人一家の物語。父(織田政雄)・母(望月優子)と6人兄妹という8人家族で、雨漏りがするあばら屋で中には間仕切りがなく、畳の代わりに藁を敷きつめたひどい家に住んでいる。
そこの長男・長女・次男は揃ってつづり方(作文)が得意で、コンクールなどに応募しては賞を獲得し、ラジオや万年筆、クレパスや電蓄などをもらっている。この兄妹は賞を取りたいがために作文を書いているのではなく、ただ自分の思っていることを書いてそれをみんなに読んでもらいたい、そんなピュアな気持ちなのである。
自分の家の貧しさも作文に書く。貧しいけれども母親はやさしく、明るい。子どもたちも貧しさに負けず頑張っている。父親は人の世話にはなりたくないという偏屈な職人気質の男で、それゆえに人に頭を下げて仕事を取ってくるようなことはしない。どうやらこれは戦争の影響らしい。織田政雄は戦争前は台湾総督府に勤めていて、戦後落魄したとおぼしいのである。
望月優子はそんな夫に小言を言うが、内職したり、子どもの履き古した靴を自分が履いたりして、貧乏暮らしをものともしない。片方が長男のお下がり、片方が長女のお下がりの靴というから泣ける。でも望月優子はそんな流儀を笑って言うのだ。
兄妹のなかで一番朗らかなのは、次男のふーちゃんこと文雄(頭師孝雄)で、宿題嫌いの腕白坊主、でも作文は大好きな男の子。このふーちゃんが病気になり、貧しさゆえに満足に医者に診てもらえず、そのまま死んでしまう後半は悲しい。そこまでその朗らかさで笑わせてくれた男の子だっただけに、その死に方のみじめさが際立つ。こみあげてくるものを抑えられなかった。
緑の低い丘がつらなる田園風景は美しく、本当にここが枚方なのだろうかというほど見事に何もない(ただし団地なのか工業団地なのか、造成工事をしている場所もある)。兄妹の通う学校の先生に、香川京子津島恵子の二枚看板、そして何かと家族の面倒をみてあげるブリキ職人の親方に森繁久弥という豪華な配役。森繁さん演じる親方のノリはいかにも関西人で、捨てぜりふのようなつぶやきが笑える。
こういう言い方は失礼かもしれないが、織田政雄・望月優子という夫婦がいかにも貧乏くさくて雰囲気満点なのだった。