香川京子と一緒に泣く

清水宏大復活!

「しいのみ学園」(1955年、新東宝
監督・脚本清水宏/原作山本三郎宇野重吉/花井蘭子/香川京子/河原崎健三/島崎雪子/岩下亮/龍崎一郎

シネマヴェーラで映画を観るのは初めて。渋谷に出るのも久しぶりで、道玄坂から入る横丁を間違えて、百軒店のあたりに迷い込んだあげくにようやくたどりついた。
一週間の疲れもたまっていたし、渋谷まで出るのも億劫なので観るのをよそうかとも考えたのだが、たまたま前日に購った川本三郎今ひとたびの戦後日本映画』の岩波現代文庫*1をめくっていたら、この映画(の香川京子)を取り上げた「白いブラウスの似合う女の先生」という一文が目に入り、やはり観ておこうと考え直した。
長男も次男も後天性の小児麻痺に罹り歩行が不自由になったことをきっかけに、私財をなげうって小児麻痺の子供たちのための学校「しいのみ学園」を作った夫婦(宇野重吉・花井蘭子)の物語。
宇野重吉の父性あるいは師性(とでもいうのだろうか、先生として慕いたくなる雰囲気)、花井蘭子の母性、香川京子のお姉さん肌がどれもぴたりはまったいい映画だった。とりわけ宇野重吉は名優だとしみじみ思う。
大学の教員養成課程だろうか、宇野重吉はそこの教師*2で、香川京子は教え子。自分の妹も小児麻痺であるため、宇野がしいのみ学園をつくったとき、手伝うことを志願する。
龍崎一郎が小児麻痺の子供(鉄夫)を扱いあぐねてしいのみ学園に来てからの後半はとくに泣けた。母親は後妻で、先妻の子供である鉄夫を手放したい。そんな意図を知って宇野重吉は、うちは捨て子の収容所じゃないと預かることをいったんは拒否する。でも帰っても結局鉄夫は継母のいじめにあうだろうと、思い直して預かることにする。
来たばかりの頃の夜、突然起き、寂しさのあまり泣き出す鉄夫にジーン。ピクニックで一人寂しく河原に座っていた鉄夫に香川京子が近寄り、なかなか心を開かず歌も唄うことをしない鉄夫の心をとうとう開かせ、鉄夫が歌い出す場面にジーン。
鉄夫が宇野重吉の長男河原崎健三の代筆でおとうさん宛に「歌が歌えるようになったから、一度聞きに来て」と手紙を書いた場面にジーン。そして最後、鉄夫が重い病気にかかり、最後までおとうさんからの返事を待っていた場面にジーン。画面のなかで香川京子が泣くたびにわたしももらい泣きだった。
山あいの小高い場所にある学園の風景、町に出るための道が、岸田劉生の「切り通しの写生」に描かれたような未舗装の道で、この風景も素晴らしい。たまたま観たのは英語字幕版のプリントだったが、読めないくせについ字幕を目で追ってしまう習性に苦笑せざるをえなかった。
今ひとたびの戦後日本映画』で川本さんが書くように、子供好きの清水宏監督によって作られた佳品だった。川本さん、子供といえば、こけら落としを済ませたばかりの神保町シアターで、現在川本さんの企画による子供映画特集が上映されている。これも観に行かねば。
何度も目頭を熱くさせられて観終え、渋谷の雑踏に身をゆだねる。いい映画を観た余韻にひたるには、渋谷という町はあまりに騒々しい。

*1:ISBN:9784006021252

*2:原作者の山本三郎さんという方は、川本さんの本によれば福岡学芸大学の教授とのこと。