父の苦悶

映画監督川島雄三

「風船」(1956年、日活)
監督・脚本川島雄三/原作大佛次郎/助監督・脚本今村昌平/美術中村公彦森雅之三橋達也北原三枝左幸子芦川いづみ新珠三千代/二本柳寛/高野由美

とにかく映画を観て憂き世から離れたい、そんな一心で、疲れた身体をひきずりフィルムセンターに向かう。今日の「風船」は未見の川島雄三作品だ。もう大学は前期が終わったのか、先日「縞の背広の親分衆」を観たときにくらべ、年配の方の比率が高い。
画業を捨ててカメラ製造販売会社を起こし成功した実業家森雅之とその一家の物語。長男三橋達也は父の会社の営業部長。銀座のバーのホステス新珠三千代を愛人にしている。二人の逢瀬のシーンを見ていると、すぐその半年後に公開された同じ川島作品「洲崎パラダイス 赤信号」を思い出してしまう。
森と同門だった二本柳寛はキャバレーを経営しており、彼の店で唄っている新進シャンソン歌手(早口言葉ではない)北原三枝を紹介され、いつしか二人は深い関係になる。三橋を深く愛しながら見捨てられた新球は自殺を図り、それによって森の家族は崩壊に向かう…。
裕福になったかわりに子供たちを駄目にしたと悔やむ森は、息子の不品行を恥じ、この機会に社長職を辞して、かつて暮らしていた京都に一人移り、趣味三昧に暮らすこととなる。扇絵を描いたり、軸物の表具をしたりするのが好きなようで、そんな場面がときおり挟まれる。
風船 [DVD]この映画(原作も?)は森雅之の父としての苦悶がテーマの一つとなっているが、目を引くのは四大女優共演だろう。新珠三千代北原三枝左幸子芦川いづみ。新珠・北原二人はすでに触れた。左幸子は、森がかつて寄寓していた京都の町屋の娘。快活で、両親をなくしても弟と二人で元気に暮らしているという生活力のある女性。
芦川いづみは森の娘で、幼い頃に罹った病気で左腕の自由がきかず、また知能も少し遅れているという難しい役。でも「硝子のジョニー 野獣のように見えて」もそうだったが、芦川さんはこのような薄幸の美少女役がはまり役だ。この作品も純真無垢な少女を演じて印象深く、代表作の一つに数えてもいいのではあるまいか。
絵を描くのが好きで、いつも自室に閉じこもって絵筆を握っているが、たまたま訪れた新珠に自分が描いた絵を見せたところ、描かれていたのは悪夢に出てくるような暗鬱なモチーフのもので、純真で美しい少女が内面に抱えている暗さを象徴して、これも印象的だった。
珍しく衣装の話をしたい。この作品の衣装担当は森英恵さん。新珠三千代のウエストを極端にしぼったうっとりさせられるスーツ姿や、北原三枝が着る斬新なデザインの服に本領が発揮されているとおぼしい。
これに加え、二本柳寛のダブルのスーツ姿が決まっている。これほどダブルが似合う俳優さんもいないように思う。本作品の美術(二本柳のキャバレーなどを作った)担当だった中村公彦さんは、「このころの二本柳もよかった」と回想する。
その中村さんの著書『映画美術に賭けた男』*1草思社)では、三橋・新珠・二本柳・北原四人が二本柳のキャバレーの支配人室で、ブランデーグラスを手に乾杯するシーンについて、面白い挿話が紹介されている。
川島監督は、中村さんが用意していたグラスより大きいものを要求した。そんな大きなグラスをどこで手に入れればいいかわからない中村さんが監督に訊ねると、銀座の店にあるというので、小道具さんがそれを借りに行っている間半日撮影が休みになったという。そんな大きなグラスのある店を知っている川島監督は遊び人だったという話。
挿話を知らずに映画を観たが、いまの感覚ではそんなに大きいという印象はない。ただ、四人が乾杯でグラスを合わせたときに鳴った音は、澄んでいい音がしていたなあ。
一週間の疲れがたまり、最後の方は半分ウトウトしていたため、ストーリーがつながらなかった。あとで録画していたDVDでその場面をあらためて観直す。ついつい身を乗り出して観てしまった。「森雅之、いいなあ」なんて。映画はなるべくスクリーンで観て、確認のためDVDを観る、これが理想のようである。