「天下」の中味

「天下を取る」(1960年、日活)
監督牛原陽一/原作源氏鶏太/脚本松浦健郎/石原裕次郎長門裕之北原三枝中原早苗益田喜頓/藤村有弘/笹森礼子小沢昭一三島雅夫金子信雄清水将夫/嵯峨善兵/滝沢修

石原裕次郎没後20年の節目に、裕次郎が「熱血サラリーマン」を演じた映画4本が放映されている。「天下を取る」はそのうちの一本。この作品を含め3本が源氏鶏太原作で、残る「若い川の流れ」は石坂洋次郎原作物。
「我々には誰にも譲りわたせぬ〝自己〟というものがある」という信念を日活アクション映画のヒーローたちに見いだし、これこそが日活アクションの特徴であると論じる渡辺武信さんにとって、上記一連のサラリーマン物は評価に値しないと断じる。(『日活アクションの華麗な世界』未來社*1
「立派すぎるヒーローが、その強さと正義感を企業に捧げる時、そのイメージは、もはや救いようもないくらい卑小化される」という裕次郎のスターイメージ凋落をこのなかに読み取り、サラリーマン物全体を次のように要約する。

ストーリーはいずれも企業内のあるいは企業間の、お家騒動めいた抗争を軸にしている。裕次郎は無鉄砲な行動力で大物に気に入られ、男性的魅力で芸者やバーのマダムや社長令嬢に惚れられ、それらのコネを利用しつつ最後に腕力を発揮して悪玉をやっつけ、陰謀を粉砕して、めでたしめでたしとなる。主人公は自分と企業、自分と社会の関係に何の疑いも持たず、環境にすっぽりはまりこんだまま、既成の大義名分(正義感、会社への忠誠)だけを行動の契機として生きる。(前掲書88頁)
「天下を取る」の場合に即して言えば、裕次郎は新入社員。初日に人事係長(益田喜頓)から社内を案内され社長室に入ったとき、「無鉄砲」にも社長の椅子に座って顰蹙を買う。この無鉄砲さに同期の長門裕之が惚れ込み、裕次郎を大将にして自分は参謀となり、いずれは「天下を取ろう」と誓い合うのである。
この「天下を取る」というのが社長になることの比喩である点、渡辺さんの批判の対象となるのだろう。既成の環境を自明のものとして、そのなかで頂点にのぼりつめようという心の働き方。わたしですら、「こんなことが〝天下を取る〟ことなのかよ」と疑問を持ってしまった。たとえば、二人が協力して〝天下を取る〟のなら、既成の会社組織を脱出して、ホリエモンよろしく起業家の道を歩むのが現代的な発想だろう。
逆に言えば、昭和30年代的、源氏鶏太描くサラリーマン社会的な発想で考えると、起業家的な転身などは考えの外にある、組織内での出世こそが〝天下を取る〟ことなのだということになる。そして当時の人々は、入社一日目から無鉄砲な野望を抱く裕次郎に、自分が果たし得ない「ヒーロー」としての活躍を期待し、映画を観たのではあるまいか。
さて渡辺さんの要約に戻れば、裕次郎に惚れる女性の一人目は、同期入社の北原三枝。実は益田喜頓の娘で、父から無鉄砲新入社員二人(裕次郎長門)の監視を命ぜられる。
いま一人はバーのホステス中原早苗。彼女の勤めるバーは社長御用達で、裕次郎が初日に社長の椅子に腰かけていたとき電話が鳴り、裕次郎がとってみると中原からのものだったという縁で、彼らは夜に立ち寄ることになる。
裕次郎らが勤める会社は大財閥のなかの一企業で、その財閥の総帥がたまたまその夜に同じバーに飲みに来ていた。ホステスを何人も侍らせ、肩をもませて悠然と構えている禿面の老人。あとで知ったのだが、これが何と滝沢修だった。知ってからあらためて観直してしまう。台詞がほとんどなく、いかにも好々爺然とした風格を漂わせて裕次郎らの前を去ってゆく。こういう役もやっているんだなあと、ある種の感動をおぼえる。
この映画でのライバルは、同じ財閥の別の有力企業から出向して、裕次郎の上司となる藤村有弘や、滝沢修を恐喝しようとするチンピラ小沢昭一だろうか。
小沢昭一は、妹が滝沢のご落胤だというタネで美人局よろしく強請ろうとするが、妹というのは嘘で、実は夫婦であり、ご落胤というのも嘘であったという裏があった。その妹役(?)が新人という肩書きの笹森礼子
これがまた可愛い。フィルモグラフィを調べると、先日観た主演作「お嬢さんの散歩道」の数週間後にこの映画が公開されたという順番になるらしい。
いかにも源氏鶏太だなあとしみじみさせられるのは、嵯峨善兵の役どころ。「万平」(万年平社員)とあだ名される定年間近の老社員で、「自分も昔は同じ志を抱いていたが、ふとしたきっかけで上司を殴ってしまい、以来昇進は見込めなくなった」という敗残者として、無鉄砲な裕次郎に自分の轍を踏むなと忠告する。
敵役藤村有弘の就任祝いと裕次郎ら新入社員歓迎会を兼ねた課内の酒席でトラブルがあり、四つんばいになって座敷を三回回りなさいという藤村の命令を甘んじて受ける嵯峨。上司の命令に逆らっては将来はないのだということを示すために恥辱に耐える嵯峨の姿にほろりとさせられる。
長門裕之が、会った一日目から裕次郎の参謀に徹することを決めるという思考回路に首をひねらざるをえないし、北原三枝もあまり目立たないしで不満がないとは言えないものの、わたしは渡辺さんのようにこれらサラリーマン物に否定的ではなく、こういうサラリーマン物もありだろうし、それなりの面白さもあるからいいかと思ってしまうのである。
天下を取る [VHS]

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