第91 一葉記念館いまむかし

旧町名下町散歩―改訂版―

昨日付の朝日新聞朝刊地域面(東京東部版「東京川の手」)に、「由緒ある旧町名たどって歩こう」という見出しの記事があった。台東区が若手職員を中心にして『旧町名下町散歩』という冊子の改訂版を作成したという内容である。90年に出た旧版以来17年ぶりの改訂で、多少専門的であった旧版をよりわかりやすくしたという。
旧町名ごとに今の地図の上に古い地図を重ね合わせ、双方を対照することができ、旧町名の由来や名所旧跡などが一目でわかると紹介されている。台東区と言えば、上野、浅草、それに谷中、竜泉、吉原。長男が通っている学校もこの区内にあって、校名に由緒ある地名を冠し、校舎も昭和初期のモダンな建物をいまも使っている。その由来や、周辺の旧町名を調べるのに苦労したのを思い出し、居ても立ってもいられず、今日もまた長男を誘い、さっそく買い求めに出かけた。
新聞では浅草文化センターや区中央図書館で販売されているとあったが、区のサイト(→http://www.city.taito.tokyo.jp/index/000013/041218.html)を見ると、販売先のなかに竜泉の一葉記念館が含まれていたので、そこに行くことにする。一葉記念館はまだ古い建物だったときに一度訪れたきりで(→旧読前読後2002/5/18条)、新築されてからはまだ訪れていないのだった。
入館時にもらったリーフレットによれば、樋口一葉の肖像が新五千円札に採用されることが決まったあと、改築が決まり、昨年11月1日に完成したという。
たまたま財布にはその一葉の五千円札しかなかったのでそれを受付で出した。お子さんは台東区の学校ですかと問われたので、証明するものはないけれどそうですと答えたら、子供は無料で、その付き添いの大人も無料ですと言われた。ラッキー。ちなみに入館料は大人300円、子供100円である。
建て替えられたのも当然と思えるほど、前の一葉記念館は古びていた(1961年開館)。区を代表する文人を顕彰し、貴重な原稿などを保管展示するにしては…と、最初の訪問時は感じたものだったが、いざ建て替えられてみると、あの古い記念館が持っていた昭和の香りというべきか、昔の木造校舎か木造公民館に入ったときのような独特な匂いが何だかひどく懐かしく、あれはあれでなくなったのがもったいないような気がするから、無責任きわまりない。
まだ出来て半年ほどしか経っていない新一葉記念館は、前の記念館にくらべてとても明るく、展示室は三階にもあって、一階から二階、三階へと登る階段が建物の前面のガラス窓のすぐ内側に設えられ、まっすぐ伸びてゆくという解放感のあるつくりで、とても居心地が良い。木造校舎とは違う、新しい木の香りがする。
展示品自体は古い記念館のときとそんなに変わっているわけではない。達筆な一葉の原稿を惚れ惚れと眺め、彼女の教養の高さに感じ入る。
さて受付で『旧町名下町散歩―改訂版―』を買い求めた。一部1500円。A4判176頁全カラー刷りで、美術展覧会の図録のようにずっしり重い。上野公園と仲見世の彩色絵葉書が表紙にあしらわれた冊子をめくると、大きく地域ごとに区分けされ、そのなかで旧町名が1頁単位で紹介されている。
地域ごとの最初の見開きには、現在の地図と昭和31年(1956年)当時の地図が左右に配置され、対照できるようになっている。旧町名解説ページでは、現在の写真と昔(1970年代頃のものが多い)の写真、解説文、昭和31年地図の該当部分に加え、専門用語などが脚注で解説されている。
現在の台東区域は、江戸時代には、寛永寺浅草寺などの大寺院、秋田藩佐竹氏などの大名屋敷、江戸城数寄屋坊主や奥坊主・茶坊主の屋敷(たしか幕府坊主衆出身の露伴幸田家もこのあたりの出身だし、お数寄屋坊主を騙った河内山宗俊はこの区の練塀町に住んでいた)、幕府下級官吏の屋敷地から、吉原のような遊廓、猿若町のような芝居小屋町、そして町人地まで、実に様々な性格の空間が混在しているため、それぞれの地名の由来などをたどるだけでも飽きない。地図も同様。帰ってからもしばらく眺めていた。
一葉記念館を訪れたときの記録をふりかえって思い出したのだが、そのときも記念館訪問の主目的は展示見学ではなく、そこで販売されていた文庫版の『台東区史』購入であった。『台東区史』を買ったのも、近世から近代にかけての台東区域の変遷を知りたいという関心があったからで、結局5年前からわたしの関心はほとんど変わらず、そして台東区はこのように素晴らしい区の歴史に関する書物を出してくれるのであった。
一葉記念館を出たあとは、長男と北千住まで歩く。千住大橋たもとの「奥の細道矢立の碑」から、旧街道沿いの千住宿を歩いて地下鉄二駅分。旧街道沿いに面した建物の入り口には、江戸時代にそこにどんな店があったかという木製の看板が掲げられ風情がある。先週の9キロには及ばぬけれど、最近「日和下駄」の相棒がすっかり長男に定まり、週末恒例になってきた。