明朗とサスペンス

SPパラダイス!!

「お嬢さんの散歩道」(1960年、日活)
監督堀池清/脚本関屋清・浦山桐郎/笹森礼子/沢本忠雄/松尾嘉代宮城千賀子清水将夫/伊藤孝雄
「ある脅迫」(1960年、日活)
監督蔵原惟繕/原作多岐川恭/脚本川瀬治/金子信雄西村晃/白木マリ/草薙幸二郎/小園蓉子/浜村純

仕事帰りの夜ラピュタ阿佐ヶ谷に向かうときは、東京メトロ丸ノ内線を利用する。これに乗れば乗り換え不要である。新宿・荻窪方面に乗ると銀座や霞ヶ関までぐるりと回り込むことになり遠回りの感なきにしもあらずだが、たいてい座ることができるのでありがたい。
丸ノ内線の下車駅は南阿佐ヶ谷駅だから、そこから中杉通り阿佐ヶ谷駅まで歩くことになる。この通りを歩くのが大好きなのだ。というのも、中杉通り両側のケヤキ並木に、かつて暮らしていた仙台の青葉通りや定禅寺通りケヤキ並木を思い出すからで、とりわけ5月のいまごろは青々と繁った並木が道路を覆い、そこから陽が漏れさすさまが心地よく、懐かしさでいっぱいになる。
さてそうして気分良くラピュタにたどりついての二本立て。今回は前半の「お嬢さんの散歩道」が可愛さ満点の笹森礼子による明朗青春映画、後半が演技派金子信雄西村晃がぶつかるサスペンスとまったく対照的な組み合わせで、それぞれ堪能した。
「お嬢さんの散歩道」はこの年にデビューしたばかりの笹森礼子の実質的な初主演作になるのだろうか。これまで観た出演作品からは、浅丘ルリ子の二軍的な印象しか受けなかったけれど、この主演作での笹森礼子は実に魅力的だ。この映画を観ているわたしを観察した人がいたとすれば、顔がずっとにやけていて気持ち悪がられたに違いない。
だいいち設定がひねっている。いきなり田園調布駅の前にたたずむ笹森のショットから始まるから、田園調布のお嬢様なのだと思いきや、笹森は田園調布の邸宅に働きに来た女中さんの役なのだ。日本橋のある会社(丸善屋上でゴルフをしていたりする。向かい側に高島屋屋上の観覧車)の部長をしている清水将夫と、前衛舞踊家宮城千賀子夫婦の家。二人に子供はなく、宮城の姪松尾嘉代を娘がわりに預かっている。
前年のデビュー作「にあんちゃん」ならまだしも、この頃の松尾嘉代は野暮ったくて、とても田園調布のお嬢様という雰囲気ではない。いかにもという笹森礼子が実は女中という取り合わせが絶妙なのだ。
女中として有能で、ときにお節介、出しゃばりというほど家庭内部の話にまで口を挟んでくるのだが、清水将夫松尾嘉代も彼女を信頼しきっている。彼女をお嬢様だと思い込んでいる沢本忠雄との初デートでは、水着姿まで披露するサービスぶり。帽子をかぶって泳いでいる表情が愛くるしい。田園調布のV字型になっている坂道を俯瞰する風景がとびきり素晴らしく、久しぶりに田園調布を散策しに出かけたくなってきた。
…と、鼻の下を伸ばしながら観終えると、次は一転して緊迫感にあふれた画面と音楽に変わる。本当はこちらのほうが目当てだったのだ。なにしろ出演者としていきなり金子信雄西村晃と並んでいるような作品、観ずにはおけない。
中味は期待どおり、二人の名優が火花を散らす極上のサスペンスだった。幼なじみ同士の金子信雄西村晃は、同じ銀行(新潟銀行)に勤めるものの、いっぽう(金子)は頭取の娘と結婚して直江津支店の次長から本店の部長に栄転、すぐ重役に昇進する予定という出世街道まっしぐら。いっぽう(西村)は直江津支店の平店員という関係。
金子の栄転送別会で西村はお燗番をするという卑下ぶりに、妹(金子と関係がある)の白木マリから散々けなされる。
前途洋々たる金子の前に、次長時代の不正をタネに脅迫し、大金を要求する男(草薙幸二郎)が現われてから、金子の苦悩が始まる。目の動きや顔の動きは、わたしの知っている後年の悪役金子信雄そのままで(いや、片岡鶴太郎が真似する金子信雄そのままと言うべきか)、ちょっとオーバーじゃないのと思わないでもないのだが、もう一人の濃いキャラクターである西村晃に対抗するには、このくらいオーバーにしないと釣り合わないのだろう。
平店員に甘んじて周囲からは蔑まれ、自分でも卑下しながら暮らすわびしい風情から一転…という西村晃の姿に、不覚にも目が潤んでしまった。泣かせる映画じゃなく、こんなサスペンス映画を観て泣けてきたのは初めてのことだった。
さすが多岐川恭直木賞受賞ミステリが原作なだけあって、65分の映画にしてはめまぐるしく攻守逆転する展開で息つく暇もなくあっという間にラストになる。ただラストの場面だけはちょっと余計なのじゃないかと思った。
映画を観る前に立ち寄ったラピュタ近くの古本屋今井書店で、『金子信雄の楽しい夕食*1(文春文庫)を購入した。これまで何度もお目にかかり、その都度買わずにいた本だが、これから金子信雄西村晃の映画を観るのだという高揚感のなかでの出会い、買うタイミングとしてはこれ以上のものはない。