血の風呂に浮かぶ球体
鹿島茂さんの『甦る昭和脇役名画館』*1(講談社)によって新しく誘われた世界、観たくなった映画、実際観た映画は多い。この本を読んだあと、言及されていた映画で観たのは、「ポルノの女王 にっぽんSEX旅行」「偽大学生」「拳銃は俺のパスポート」「あなた買います」「しとやかな獣」「けものみち」「セクシー地帯」「兵隊やくざ」シリーズなどなど。ジェリー藤尾や伊藤雄之助ならともかく、荒木一郎や三原葉子、芹明香らの世界に近づいたのは、この本なしには考えられない。
この本には名文というか、記憶に残る文章は数多いが、そのなかでもとりわけ映像的な想像力を駆り立てされられたのが、三原葉子の回で「0課の女 赤い手錠」に言及したくだりであった。
三原葉子は、仲間には杉本美樹の正体を明かさず、スパイと疑われて手錠姿で監禁されている杉本美樹にレズを迫る。三原葉子は、ブラジャーもパンティも潔く脱ぎ捨てて、本当にスッポンポンになり、三段腹丸出しの四一歳の巨体を観客に披露するのだが、これが不思議に感動的なのだ。(234頁)この鹿島さんの「感動」は、沢木耕太郎さんの『世界は「使われなかった人生」であふれてる』*2(幻冬舎文庫、→5/1条)について書いたときの文章を借りれば、
「クリント・イーストウッドという俳優が演じてきた役の歴史を自分の体の中に重ねてきたからこそ呼び起こされる深い感動」と同質のものだ。クリント・イーストウッドを三原葉子にそのまま置き換えればすむ。三原葉子「という俳優が演じてきた役の歴史」を知らなければ感動などしない。
さらに鹿島さんはこれに続けて、
しかし、本当に感動なのはむしろ、この後である。すなわち、いつのまにか手錠を外した杉本美樹にナイフで刺し殺された三原葉子は、血みどろになりながら浴槽に落ちるが、このとき一面血の海の浴槽に、真っ白で巨大なオッパイが二つ、プカリと浮かぶのである。この光景がなんともシュールでいいのである。『甦る昭和脇役名画館』を読んで以来、観てみたい場面(観てみたい映画とも少し違う)だった。
そして今回実際観ることが叶って、けっこう最初のほうにあるこの場面を観ると、鹿島さんのこの文章を知っているゆえか、“三原葉子という俳優が演じてきた役の歴史”をあまり知らないわたしでもシュールな感覚にとらわれ、感動してしまった。
それにしてもこの映画は、セックス&バイオレンスという言葉がぴったりの、血がドピューと噴き出る殺人場面が多く、いまだとRナントカ指定になるに違いない内容だった。鹿島さんが書くとおり郷硏治は狂気的なほど素晴らしい好演だし、犯人の郷硏治らを追いかける室田日出男の死に方も壮絶。
娘を誘拐される次期総裁候補の大物政治家を演じた丹波哲郎の存在感は、わたしなどが知っている「丹波哲郎」(これはたとえば「豚と軍艦」の丹波哲郎とはちょっと違う)と地続きであって、それゆえか「Gメン'75」のある種のテイストを思い出したりするなど、やはり70年代の映画は、異世界的な60年代日本映画にくらべ、観ていると妙な懐かしさを感じてしまうから苦笑せざるをえない。
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