杉村春子の大怪演

「女の四季」(1950年、東宝
監督豊田四郎/原作丹羽文雄/脚本八住利雄/若山セツコ/杉村春子池部良東山千栄子/薄田研二/荒木道子藤原釜足/赤木蘭子/渡辺篤中北千枝子/谷間小百合/小杉義男/千石規子/嵯峨善兵/宮口精二長岡輝子近藤宏中村是好

成瀬巳喜男監督の「薔薇合戦」を観たことで、関心が桂木洋子から若山セツ子に推移した(→4/29条)。そこで若山セツ子出演作品で何かないかと探していたら、ちょうど「薔薇合戦」と同じ1950年公開の「女の四季」に主演していることを知ったので、観ることにした。
この豊田四郎監督作品は、たしか杉村春子の演技が目立つという話を小耳に挟んだことがあり、録画したときから興味がないでもなかった。
この作品はタイトルロールの最初に「東宝第1回自主製作映画」と出る。「東宝争議」直後の作品ということだろうか。また出演者も、主役級の若山セツコ(このときは「セツ子」ではない)・杉村春子池部良のあとは、「文学座」「俳優座」「第一協団」のように新劇劇団ごとに名前がまとめられているのが珍しいか。
そこで中丸美繪さんの評伝『杉村春子―女優として、女として』*1(文春文庫)を繰ってみると、九州の八幡製鉄所の慰安会で旅公演をすることが決まっていたにもかかわらず、豊田四郎監督のねばり強い要請によって出演を承諾したとある。東宝争議後の人材難により、豊田監督は杉村ほか文学座の役者も出演させることで、旅公演に見合うだけのギャラを出し、文学座の稽古場建設の便宜をはかったのだという。
それほどまでして杉村春子に出演を迫った理由が、観るとよくわかる。いや実にすごい。若山セツ子を凌駕している。観ながら身体がだんだんテレビに近づいて行ってしまった。
満州引揚者の画家若山セツ子は、住宅難に直面してなかなか満足な貸間を見つけられないでいた。引揚者は敗戦直後優遇されていたのだと見え、かつて勤務していた旅行会社に行くと、その理由だけで雇ってもらうことができた。引揚者の優遇というのは初めて知った。自分が引揚者であることを告げると、何かと配慮されたらしい。
旅行会社の上司が藤原釜足。彼に紹介されたのが杉村春子演ずる老婆が差配する一軒家だった。すでにそこには何世帯かが住んでおり、一間借りることができた。杉村は名うての因業婆で、若山が持ってきた米を全て預かって、食事には芋しか出さないと文句を言われるほど。この因業ぶりに笑ってしまう。まだ杉村は44歳なのである。
金のためなら何でもするというばかり、あとからあとから間借り人を入れ、若山は最初にいた部屋を追い出され、居心地が悪くなってゆく。そしてその家は実は自分の家でなく、戦争中田舎に引っ込んでいた夫婦(宮口精二北林谷栄)から預かっていただけというからまたすごい。空襲から運良く焼け残り、勝手に間貸しを始めたのである。
自分に都合が悪いことが起こると、すぐ「あー、頭が痛い」と頭を抱えて叫び出すお芝居で逃げるのが得意で、若山も同居人たちも「またやってる」と閉口する。それでも若山セツ子は杉村を放っておけないというあたり、彼女の天真爛漫さがにじみ出ていてなかなかいい。
キャバレーの壁画描きのバイトで知り合った男が池部良で、その母親が東山千栄子。米をもらいに行く実姉が中北千枝子で、その夫渡辺篤は「自分は総理大臣になるんだ」と演説の稽古をしてばかりいるというちょっとエキセントリックな役柄。
新劇人たちを贅沢に配した映画だったが、評判どおりの杉村春子の世紀の大「怪演」に拍手を贈りたい。