活力がわいてくる映画

映画監督今村昌平と黒木和雄

にあんちゃん」(1959年、日活)
監督・脚本今村昌平/脚本池田一朗長門裕之吉行和子/沖村武/前田暁子/松尾嘉代北林谷栄小沢昭一殿山泰司西村晃芦田伸介穂積隆信山岡久乃/浜村純/賀原夏子二谷英明

早朝ふと思いたってフィルムセンターのサイトを見たら、この日の夜「にあんちゃん」が上映されることを知り、急に観に行くことに決めた。映画のために気持ちを整えたりすることなく、また疲れがたまって体調万全とは必ずしも言えなかったのだけれど、えてしてそういうときに限り、「観に行ってよかった」と心底思える素晴らしい映画に出会うようだ。
不景気により労働者たちが次々と馘首される佐賀の炭坑町が舞台。そこで極貧生活を強いられる在日コリアン四兄弟が主人公。炭坑労働者だった父親の葬儀から始まる。長男が長門裕之、長女が松尾嘉代(あどけなく、野暮ったい)、次男が沖村武、末娘が前田暁子。
長門はまだ若く、炭坑で本雇いになって兄弟を養いたいと望むものの、不景気で逆に馘首されてしまう。経営者側の中間管理職に芦田伸介長門兄弟を何かと面倒を見る頑固で気のいい炭坑労働者に殿山泰司。しかし結局彼も坑内の事故で足を負傷し、馘首される羽目に。
松尾嘉代長門も、町を出て住み込みで働きにでかける。残されたのは小学生の次男と次女。長門が主人公のようではあるが、タイトルは「にあんちゃん」つまり末娘の前田暁子から見た次兄の沖村武を指す言葉。観ていくと、小学生ながら自分も働いて少しでも金を稼ぎ、兄弟四人で暮らすという夢を持ち続ける健気な「にあんちゃん」が軸になっていることがわかる。
いよいよ頼る人もいなくなった二人は、妹を同じコリアン仲間の北林谷栄の家に預け、日雇いでいりこ運びの重労働をして、稼いだお金で東京に出て働こうとする。たった一人の妹に「もう会えないかも」と告げて東京に出て行き、東京駅に着いてその大きさに戸惑いながら月島の自転車屋に押しかけて働き口を求め、結局警察に告げられて強制的に連れ戻されるまでのシークエンスはほろりとさせられた。
駅で出迎えた兄姉に「東京なんてたいしたことない」と強がりを言ったあと、泣き出すシーンにこちらも胸が熱くなる。「にあんちゃん」が不撓不屈の精神で生き抜こうとする姿を観ていると、こちらのほうもみるみる元気が漲ってくるのである。
末娘が預けられた北林谷栄も強欲婆を演じて絶品。子だくさんで、預けられた前田はその家の赤ん坊の子守をさせられる。子供がおんぶ紐で赤ん坊の子守をする。昭和の忘れられた風景だろう。
この作品の美術を担当したのは中村公彦さん。彼の聞書『映画美術に賭けた男』*1草思社)には、この作品のセットのことも出てくる。それによれば、長門らが住むボロ長屋は、実際の炭住街にセットを組んだ「ロケセット」なのだという。
下の兄妹二人が長門に預けられに行き、結局そこでの暮らしに耐えられずに二人だけで逃げ出すことになる「閔さん」の家は、多摩丘陵にセットが建てられたというから驚く。とすると、逃げた二人が裸になって泳いだあの川も多摩なのだろうか。
屑拾いを生業とする気のいいコリアンの仲間が小沢昭一、炭住街の不潔さをどうにかよくしてゆこうと骨を折る保健婦吉行和子(清新!)、彼女の恋人でワンシーンだけ二谷英明が出演する。吉行和子に恋心を持つ、下の兄妹二人の学校の先生穂積隆信もいい。
エンドマークが出たとき、場内から拍手がわき上がった。恥ずかしくてわたしはこれに参加しなかったが、思わず拍手したくなった人も気持ちがよくわかる。それほどいい映画だった。