第89 北東隅から北西隅へ

池袋モンパルナスの作家たち

昨日のテレビ東京系「出没!アド街ック天国」はお花茶屋だった。わたしの住む町からは自転車で20分も走れば行くことができる。時々ふらりと遊びに出かける隣町であり、“準生活圏”と言っていい。
そのお花茶屋が、地名から“メルヘンの街”と称されていたり、“葛飾の田園調布(?)”と言われていたのには思わず苦笑してしまった。田園調布はもとより冗談のたぐいだろうが、これはむろん馬鹿にしているのではない。駅前に広がる商店街がとても賑やかなのをテレビで客観的に認識させられ、つくづくいい町だと思ったのである。
ことほどさように京成電車沿線の町はお花茶屋に劣らずどれも好ましい。とりわけ各駅停車しか停まらない町が好きだ。隣の堀切菖蒲園しかり。高層ビルが林立し巨大専門店がひしめく町も悪くないが、個人的には、駅から個人商店ばかりで成り立っているようなマーケットが眺められる小さな町に惹かれ、その風景を見ると興奮をおぼえる。
電車路線でいえば、京成電車のほか、東武東上線も捨てがたい。とりわけ、始発の池袋から準急以上の電車が通過する成増までの区間の各駅に広がる古びた駅のたたずまいや駅前の商店街の雰囲気がいい。今日この路線に久しぶりに乗ってそう痛感した。
これまで東上線のこの区間では、ときわ台・大山・中板橋などで降りたことがあるが、今日は初めて下赤塚・成増駅を利用した。行きは下赤塚で降り、帰りは成増から乗った。成増や赤塚から同じ池袋に行くのなら、地下にもぐる有楽町線より、断然東上線がいい。
下赤塚まで何をしに行ったのかと言えば、同駅から20分くらい歩いたところにある板橋区立美術館を初めて訪れたのだった。昨日から「池袋モンパルナスの作家たち」展が始まり、それを観に出かけたのである。
池袋モンパルナスに集った画家たちの作品展と言えば、以前練馬区立美術館の小熊秀雄展に出かけたことを思い出す(→2004/9/23条)。池袋は豊島区に属しているが、お隣の練馬区も、また板橋区も池袋モンパルナスの文化圏にあったとおぼしい。
板橋区立美術館では、池袋モンパルナスのなかで活動してきた画家たちの作品を精力的に収集しているらしい。練馬の展覧会と比べると、名の知られていない(というよりわたしがあまり意識していなかった)マイナーな画家たちの作品が多く展示されていた。長谷川利行松本竣介といった大物の作品もあることはあったが、それ以外のマイナーな画家たちの作品の多くがダリやキリコのようなシュルレアリスムの影響を受けた幻想的な作品群であったことに驚かされ、印象に残る。さながら“戦前日本のシュルレアリスム”展のようであった。
会場は三つのスペースにわかれ、それぞれ広くはないのだけれど、特筆すべきは入場無料であること! これほどの作品が無料で観られることは喜ばしい。実はかねがねこの美術館には行きたいと思っていた。去年の初夏同館で開催された「これが板橋の狩野派だ!」展の図録『板橋区立美術館蔵 狩野派全図録』が欲しかったのである。
それを買うためいずれ訪れるつもりでいたが、このように関心が大いにある池袋モンパルナスの展覧会という機会にも恵まれ、本当に嬉しい。
とはいえこの美術館、立地としては交通の便がよろしくない。電車で一番近いのは都営地下鉄三田線西高島平駅で、徒歩15分。ついで今回わたしが利用した東武東上線下赤塚駅同22分、東京メトロ有楽町線赤塚駅同25分。
はじめて当地に行くにあたりじっくり地図を眺めて検討した結果、西高島平から行くよりは、多少歩いても東上線下赤塚から向かったほうが面白そうだと感じたのは、最初に書いたわたしの嗜好にもよるのかもしれない。
下赤塚駅から美術館までは、駅から北に伸びる「赤塚中央通り」をひたすら歩けばたどりつく。遠いが迷うことはない。この通りはかつての「鎌倉街道(中の道)」らしい。片側一車線と広くはないけれど、地域の幹線道路といったところで、駅前の賑やかさの余韻のようなひなびた商店街が続く。いや、かつてはこちらが賑わっていたのだろう。そんな名残が感じられる。
意外に起伏に富んだ道を歩いていくと、谷をはさんで左右に大きなお寺がある。手前右側には松月院、左手には乗蓮寺。いずれも徳川家康から寺地を与えられた古刹であり、わけても曹洞宗松月院は、中世武士千葉氏ゆかりの寺で、瑩域には千葉自胤の墓所もあるという歴史を持つ。お彼岸が近いということもあってお墓参りの人が多く、瑩域は線香の香りに満ちていた。境内には幕末の兵学高島秋帆の記念碑もある。そもそもこの一帯は千葉氏の居城赤塚城があった場所であり、起伏に富んだ地形もうなずける。
松月院から道を下ってそこから石段を登っていくと乗蓮寺。ここはむしろ寺名より「東京大仏」の名前のほうが有名だろう。いまから30年前の1977年に造立された大仏様で、黒光りして意外にキッチュな感じがしない。奈良東大寺、鎌倉に次ぎ日本で三番目に大きい大仏様なのだとか。

こういうスポットは泉麻人さん好みだろうと著書をひもとけば、やはり触れられていた。『東京自転車日記』*1新潮文庫)にはそのもの「板橋の大仏を見に行く」というタイトルの文章がある*2「決して小さくはないけれど、イメージとしてはもっと下品なほど巨大な物体を思い描いていたので、少々期待ハズレ、であった」(225頁)とある。わたしの「キッチュな感じがしない」という印象はこれに通じる。これみよがしの下品さがないのだ。
同書掲載の写真では、ところどころ錆びたり地肌が見えたりして雨風にさらされている姿を見せているのだが、今日実物を見るとピカピカ黒光りして汚れを感じさせない。きれいに掃除されたのだろうか。
東京大仏から区立美術館まではすぐ近くだ。ここまでくると住宅地というより山城跡、郊外の公園地という雰囲気である。
区立美術館がある赤塚は東京23区域を四角形に見立てると左上隅、北西隅にあたる。すぐ隣は埼玉県和光市。わたしの住む町は四角形の右上隅、北東隅だから、今日は23区の北西隅から北東隅まで移動した按配になる。地図を見ると、高島平のすぐ北には荒川が流れる。電車を乗りついで池袋まで出て行くより、荒川を遡行したほうが距離は近そうだ。
帰りはバスで成増に出、前述のようにふたたび東上線に乗った。行きは下赤塚、帰りは成増のブックオフをのぞいたけれど、買ったのは長男が好きな童心社“怪談レストラン”シリーズ2冊のみ。最近こういうことが多くなっているが、まあいまはこういう時期なのかもしれない。

*1:ISBN:4101076251

*2:その他『新・東京二十三区物語』(新潮文庫ISBN:410107626X)の「板橋区」項でも言及あり。