親の自由、子の自由

「月に飛ぶ雁」(1955年、東京映画・東宝
監督松林宗恵/原作真船豊/脚本若尾徳平若尾文子/安西郷子/小泉博/小杉勇三宅邦子千田是也市川春代田中春男千石規子/有田稔/日高澄子/清水谷洋子

親から束縛を受けず自由になりたいという気持ちから、親に内緒でアルバイトをする女子大生若尾文子と、彼女の学校の友人安西郷子を軸に、彼女たちの親との葛藤を描く物語。
若尾文子が両親(小杉勇三宅邦子)に内緒で働いているのは、「アルバイト・サロン」というナイトクラブのような店。店名がそのまま「アルバイト・サロン」だから、そこのホステスは女子大生のバイトですよというのが売りなのだろうか。協力として似たような名前の店がクレジットされていたから、こうした店は実在していたのだろう。
安西は親に内緒で若尾の兄とスキーに出かけ、あやうく遭難しかける。山小屋で二人きりでひと晩明かしたことで、彼女の両親(千田是也市川春代)は気を揉む。千田は小説家の役。若い女性の自由な恋の物語を書いているので理解がありそうだが、実の娘のことになるとそういうわけにはゆかない。
部下に誘われ偶然店を訪れた父小杉にバイトを見つかってしまった若尾は若尾で、しつこい関西弁の課長(田中春男)につめよられ、酔っ払ったのをいいことに熱海まで連れて行かれやむなく宿泊する。若尾は田中を嫌って別の部屋に泊まったのだが、小杉はそれを信用してくれない。
年ごろの娘たちを心配する父親同士で酒を酌み交わす場面、小杉・千田の父二人は、「娘たちは親から自由になりたいと言っているけれど、自分たちだって娘たちの事を心配するような心境から自由になりたい」と愚痴をこぼし合う。このあたりがいい。心配しなくてもいいと言われても心配なのが女の子の親なのだろう。
ある夜、しつこい田中から逃げるように車を拾い新橋駅へ向かった若尾だが、お金を払おうとすると「この車はタクシーじゃないよ」と言い捨てて去るのが小泉博。若尾は小泉の車をタクシーと間違って手を挙げ、それに乗ってしまったのである。そのとき若尾は社内に学生証入れを忘れ、小泉に届けてもらう。この若尾と小泉の出会いの場面が素晴らしく、「これはひょっとしたら“当たり”かもしれない」とワクワクしたが、最後まで観てみると、結局出会いの場面が一番印象的だったかもしれないという結論に達する。
父と衝突して家を飛び出した若尾は、成り行きで小泉の部屋に泊まり、そのまま二人は恋に落ちて同棲生活に入る。
ところでこの映画は、大映スターだった若尾文子がはじめて他社作品に出演したものだという。このとき大映東宝(東京映画)に「借り」があったのか、東宝の監督やスターを借りるための交換条件だったのか。あるいはこの映画に若尾を出演させたいという純粋、積極的な理由だったのか。小泉・若尾共演が売りなのか、若尾・安西共演が売りなのか。
その小泉博にしても、出会いの場面が抜きんでて面白いだけで、あとは若尾の引き立て役になってしまっている。いっぽう安西郷子(のち三橋達也夫人)は、若尾のベビーフェイスとは対照的に目がぱっちりと日本人離れした顔立ちの美人で、大人の色気のなかにまだあどけなさも残っているような雰囲気を持つ、印象的な女優さんだ。
若尾や安西が通う大学は、一目で“内田ゴシック”とわかる重厚な建物。たぶん白金台にある現在の東京大学医科学研究所である*1。敷地内に入ったことがないから、いまどういう環境なのかよくわからないが、本郷などとは異なり学生とはあまり縁がない、研究所と附属病院中心のキャンパスであることは確かだ。しかしながら映画では前に芝生が広がって、学生役のエキストラを配せばいかにも大学キャンパスといった雰囲気をたたえている。50年前の白金台の風景がこの映画の中に映しとどめられている。