さすがアイリッシュ

「死者との結婚」(1960年、松竹大船)
監督・脚本高橋治/原作ウィリアム・アイリッシュ/脚本田村孟小山明子渡辺文雄東山千栄子斎藤達雄/瞳麗子/高野真二

仕事帰り家と反対方向になる阿佐ヶ谷までわざわざ映画を観に立ち寄ることが苦にならなくなってしまった。人は変わるものである。
この映画は、まだ観たことがない高橋治監督作品であったことと、ウィリアム・アイリッシュ作品(未読)を原作としていること、以上ふたつの点から関心を持った。
元競輪選手の男との間にできた子供を妊娠中の小山明子(綺麗!)は、その男から捨てられ、死ぬ覚悟で瀬戸内海航路の客船に乗り込む。身投げする直前に新婚夫婦に助けられ、妻の船室で彼女と二人きりで身の上話を打ち明け合う。助けてくれた女性のほうは天涯孤独の身だったが、夫となった男性とアメリカで結婚し、これから初めて夫の実家に向かう途中という、小山とは正反対に幸福の絶頂期にあった。まだ夫の家族とまったく対面しておらず、初めて会う姑の様子を心配している。彼女は小山明子同様妊娠していた。伏線その一。
彼女は顔を洗うとき結婚指輪を外す癖がある。小山から紛失するのではと注意され、「じゃあ代わりにあなたがはめておいて」と軽く答える。戸惑いながら彼女の指輪をはめる小山。伏線その二。まあここが不自然と言えば不自然。
その瞬間船に衝撃が走り、船室に海水が流れ込んでくる。沈没事故を起こしたのである。意識を回復した小山は病院のベッドに横たわっていた。脇に置かれていたカルテを見ると、一緒にいた新婚夫婦の女性の名前になっている。看護婦に訊ねると、その夫婦は亡くなったという。指輪をしていたこともあり、小山は結婚したばかりの夫を失った女性と間違えられていたのである。
その夫の実家というのが、四国のとある町でも随一の名家で資産家だった。舅(斎藤達雄)と姑(東山千栄子)、弟(渡辺文雄)から暖かく迎えられ、真相を告白できないまま夫を失った嫁としてその家で暮らすことになる。
真実を隠したまま、包容力があってすべてに優しい姑に見守られながら暮らしてゆくなかで、懊悩する小山明子。ストーリーはその偽りの生活に少しずつ綻びが見え始め、小山がこれを弥縫しようとするスリルが軸になっている。
そこにかつて自分を捨てた男が現われる。彼から執拗に脅迫されたことに窮した小山は男の殺害を計画するが、男の部屋に行ってみると彼はもう死んでいた…。この殺人事件の意外な犯人には正直アッと驚かされる。嘘がばれてゆくスリルと意外な真相、ふたつによってこの映画は面白いものとなった。ただラストシーンの成り行きだけは納得できなかったが。
筋書きが原作どおりであるならば、さすが『幻の女』のアイリッシュ喝采を贈りたくなるが、実のところ原作よりこの映画のほうが犯人の意外性に勝るのではあるまいか。しかもその意外性は、同時期の日本映画をたくさん観た人ほど、強いものであると思われる。そのアイディアだけで語りぐさになる資格十分の作品である。