「抵抗」むなしく

名匠・吉村公三郎の世界

「四十八歳の抵抗」(1956年、大映
監督吉村公三郎/原作石川達三/脚本新藤兼人山村聰若尾文子雪村いづみ小野道子船越英二川口浩/村田知英子/三津田健/潮万太郎
「電話は夕方に鳴る」(1959年、大映
監督吉村公三郎/脚本新藤兼人/仁木多鶴子/千田是也/村瀬幸子/小野道子/二世中村鴈治郎伊藤雄之助殿山泰司/野口啓二/船越英二川崎敬三中村是好/十朱久雄/大和七海路/上田吉二郎/小川虎之助

今年になってから大映映画ばかり観ているような気がする。去年のブームは日活だったが、逆にこちらはさっぱり。まあこれもめぐり合わせだろう。
さて仕事帰りの新文芸坐。ここに来ること自体は昨年12月の和田誠さん企画特集以来だが、仕事帰りとなると7月の「脇役列伝」特集以来か。とにかく今年度は諸事情あって朝が早いから、仕事帰りに映画を観るのは体力的にとても辛い。でも観ないと逆に精神的に発散する場がなく、これも辛い。したがってバリバリ観ることにする。
新文芸坐の「友の会」(1回1000円で鑑賞できる)はありがたいことに有効期限(1年)が過ぎても会員であること自体が失効するわけでなく、1000円の更新料を払えば復帰できる。わたしが持っている会員カードは2003年にとうに切れてしまっていたが、幸い捨てずに持っていたので、4年近く経っても更新で済んだ。
あと一週間ばかり小遣い5000円程度で暮らしてゆかねばならないという、まるで学生のようなつましい生活を強いられている。いっぽうで趣味生活も存分に味わいたいので、両立のためにはどこかを切りつめる必要がある。
今回の吉村公三郎特集も3回券(3000円)を買おうか、3回来る機会(時間的体力的余裕)と、1回ごと(1300円)に払うことにするかを天秤にかけあれこれ迷った挙げ句、結局会員更新に落ち着いた。更新料1000円に1回1000円、3回観ることは無理なようなので、あと一回観て1000円、これで3000円也。さらに今後池部良特集があって、これも3回は無理でも2回は観に来たいので…と考えたすえの結論だった。
それならば和田誠特集のとき更新していれば良かったと思ったが後の祭り。先を読むことができない。夕食代は浮かせるために家でおにぎりを作ってもらい、二本の間の休憩時間に食べる。ああ、なんてつましき趣味生活よ(涙)。
もうお金の話はやめよう。今回の期待は、何と言っても「四十八歳の抵抗」の山村聰だった。山村聰が若い娘にメロメロになるさまが観たい。「瘋癲老人日記」では嫁の若尾文子にメロメロで失笑を買っていた。その記憶があるから、今回はどうだろうと期待する。
ただこの作品の若尾文子(かわいい!)は山村聰の相手でなく、娘役だった。保険会社火災部の次長を勤める*1山村聰に、妻が杉村春子、一人娘が若尾文子。まじめな48歳だが、課長からヌード写真撮影クラブの誘いを受けたり、誘惑もないわけではない。
そこに登場するのがメフィストフェレス船越英二。山村の部下なのだが、メフィストフェレスよろしく、黒のスーツに蝶ネクタイを身にまとい、上司山村をあちこちの盛り場に連れ回し、48歳の色欲を沸きあがらせようとする。山村聰が来る場所にかならず船越英二あり。船越は山村の行動を漏らさず知っている。リアリズムではなく、こんな「ファウスト」を下敷きにしたようなドラマティックな作りは、さすが新藤兼人さんと言ったところか。まずこの船越英二メフィストぶりに一票。
山村聰がメロメロになるのは19歳の雪村いづみだった。小悪魔的というのか、無邪気さが残る雪村に山村はとろけてしまう。やはり場内失笑。うまいこと熱海に誘い出して旅館に同宿し、いざ夜に襲いかかるものの、「お嫁に行けなくなっちゃう」のひと言で我にかえり、諦めて泣き崩れる。
実は山村は23歳の娘若尾文子が19歳という年下の学生川口浩と恋仲になって駆け落ちしてしまい、その事態収拾に苦労していた渦中にあったのである。年下のまだ将来もわからぬ学生が相手で、しかも「傷物」にされ妊娠までしているという娘の行く末を気に病みながら、自分が少女を「傷物」にしようとしていることに気づく。
この映画タイトル「四十八歳の抵抗」は流行語になったそうだが、当時の48歳は「抵抗」するものではないと考えられていたからなのだろうか。映画のなかでも昔の48歳ならとっくに隠居の歳だと言わせていた。
ふとわが身を省みれば、その48歳になるまで10年を切っているという事実に驚かざるをえない。48歳は「抵抗」のお年頃なのだろうか。
いま一本の「電話は夕方に鳴る」は、瀬戸内の海に面した人口10万程度の静かな町に巻き起こる市長脅迫騒動をユーモラスに描いた作品。前半が面白く、後半はちょっと気が抜けたようになってしまうのが残念。映画がおしりの痛さを忘れさせてくれなかった。
市長が千田是也で、彼の家に50万円用意しないと家族を傷つけるという脅迫電話がかかってくる。ただその犯人の要求が突飛なもので、脅迫を受けた市長サイドはその対応に振り回される。おりしも市長選を控え、対立政党の策謀かと気を揉んだり、町中の市長支援者がこの騒ぎに巻き込まれる。
いったい犯人は誰なのか…というミステリ的興味もあるが、まあそれは本筋ではない。市長千田是也や、助役の伊藤雄之助、有力顧問の中村鴈治郎や警察署長殿山泰司、その部下中村是好らが繰り広げるドタバタを虚心に笑うのが楽しみ方だろう。
千田是也の娘役で、同級生の友人たちと覆面クラブごっこをして楽しんでいる女子高生に仁木多鶴子という女優さん。この人は知らなかったが、雰囲気が若尾文子に似て可愛い。日活で言えば浅丘ルリ子に対する笹森礼子のような、そんな立場の若手女優だったのだろうか。
また「四十八歳の抵抗」に続いて出ているのが小野道子という女優さん。「四十八歳の抵抗」では川口浩の姉で山村聰の部下。「電話は夕方に鳴る」では市長秘書。後者ではミステリの読み過ぎで離縁されたという風変わりな女性で、いつもハヤカワ・ミステリを読み、脅迫事件の手口の類推として、彼女の口からガードナーとかヴァン・ダインエラリー・クイーンなんて名前が飛び出すところがミステリ好きをくすぐる。彼女に一票。
今回二票か三票あげたいのは、千田是也の妻役の村瀬幸子。この地方のお殿様の娘だという設定。村瀬幸子というと、わたしの印象は、いつも夫や子供に振り回されておろおろしている気の弱い母親という像。
この作品でも脅迫電話を恐れ、夫や娘の身を案じておろおろするのだが、他の作品の受け身なおろおろではなく、「積極的におろおろしている」「溌剌とおろおろしている」のが素晴らしい。おろおろもここまで極端だと芸になる。放心状態でぶらんこに揺られる姿がいい。
ともすれば次の市長の椅子を狙っている伊藤雄之助はさすがの存在感。町なかの旅館で愛人といるところを、脅迫犯人捜査で踏み込んできた警察から見つけられ、あとで奥方から雷を落とされるシークエンスは完全に彼の一人舞台だった。館内の空気がもっともなごんだ瞬間。みんなこんな伊藤雄之助が大好きなんだなあと、気持ちが一緒になった嬉しさを噛みしめながら、叱られて縮こまっている伊藤雄之助の姿に「アッハッハ」と笑い、ストレスが吹き飛んだ。

*1:やはりこの映画でも「屋上バレー」のシーンがあった。60年代の企業風景、ことに昼休みの風景には欠かせないのだな。