印象的な死に顔

去年11月に有効期限が切れていたので更新しようとしたけれど、期限を過ぎたら更新ではなく新規入会になると言われて愕然。せっかくカードのスタンプが九つまでたまっていて、あと一つで招待券をいただけると思っていたのに…。仕方ないのであらためて入会する。失敗を繰り返さないため書いておきたい。

「浮気旅行」(1956年、東京映画・東宝
監督杉江敏男/原作源氏鶏太/脚本長瀬喜伴/撮影岡崎宏三/津島恵子河津清三郎/南悠子/本郷秀雄/小堀誠/英百合子中村是好

津島恵子という女優さんはあまり自分のタイプではない。と、これまでも書いてきた(→2005/10/1条)。でも、一瞬のショットやある角度からの顔立ち、ふとした表情にハッとさせられることがある。今回のラピュタ阿佐ヶ谷での特集チラシ表面の写真や、裏側のラインナップ各作品に出ている姿は惚れ惚れするほど美しい。
今週の二本はいずれも上映時間が50分に満たないSPであったが、いずれも佳品だった。観て気づいたが、わたしは津島恵子の笑顔は好きではなく、憂いを含んだ暗い表情、素顔に近い薄化粧の顔立ちにしびれてしまうことがわかった。
「浮気旅行」は去年チャンネルNECOの「SPシアター」で録画しており、面白そうだとは思っていたが、未見のままだった。スクリーンで初めて観ることになったが、予想どおり面白い。うだつが上がらないサラリーマン課長の河津清三郎が主人公。丸ビルにオフィスがある。三人の子持ちで、夫婦仲も悪くない。でも妻から、隣のご主人が仕事で出張に行くと毎回お土産を買ってきてもらうと愚痴をこぼされる。
それを聞いて河津も出張に行きたいなあと言う願望を抱く。この当時は出張に行くという行為がサラリーマンの憧れの典型であったのだなあと驚く。その河津は、部長から信州出張を命ぜられる。会社の創立三十周年の記念品を元社長に届けてくれというのが用事。大きくて壊れ物なので、運送屋に頼めないというのだ。
出張をして、そこで浮気をしたいというのが憧れだった河津は、さっそくバーのホステスである津島恵子に声をかけ、旅行に誘う。その旅先で出くわすハプニングが微笑ましくて、愉快な気分にさせられる。いかにも源氏鶏太原作らしい味わいのサラリーマン喜劇である。

「鬼火」(1956年、東宝
監督千葉泰樹/原作吉屋信子/脚本菊島隆三/美術中古智/加東大介津島恵子宮口精二中村伸郎/中田康子/中北千枝子/清川玉枝/堺左千夫/如月寛太/佐田豊

いっぽうの「鬼火」は、「浮気旅行」の駘蕩とした雰囲気と打って変わり、暗鬱にして陰惨。ガス会社の集金人加東大介が主人公。カリエスで寝たきりの夫の看病に尽くして憔悴しきった妻の津島恵子に「女」を感じる。ガス代を滞納しているのだが、薬を煎じるためガスを止めないでくれと懇願され、身体を代償にするよう求める。
寝たきりの夫が宮口精二。二人の住む家はボロボロで、雑草が伸びきった庭は湿っぽくてぬかるみ、引き戸も立て付けが悪くなかなか開けられない。津島は浴衣に紐を巻いただけの姿で、外出しようにも帯がない。夫の病気で、食べることで精一杯という極貧の様子が伝わる。
この映画の美術は、成瀬作品でも美術を担当した中古智さんである。たぶん夫婦の住むボロ家もセットなのだろう。中村公彦『映画美術に賭けた男』*1草思社)に、東宝は「汚し」の技術がもっとも進んでいて、美術部には汚し専門の人がいたという話があったことを思い出す。こんなところに活かされているのだろう。
意を決して加東のところに外出しようとする津島に、用事の内容もしらない夫宮口は、自分の帯を外して巻いていけと言う。津島は加東の下宿に出向くが、寝る寸前になって我に返ったように慌て、部屋から逃げ出してゆく。加東の下宿の家主は産婆清川玉枝で、津島に逃げられたあとに悄然としている加東大介と清川のやりとりは絶品。『ノーサイド』1994年10月号(特集「戦後が似合う映画女優」)の清川玉枝項で、この「鬼火」が「オススメ作」に挙げられていた。
さて後日津島の家に憤然と取り立てに乗り込んだ加東大介が目にしたのは、白目を剥いて事切れている宮口精二と、脇で揺れている津島恵子の縊死体だった。「ごめんなさい」と叫び、転げ回りながら家を駆けだす加東大介
この宮口精二の白目を剥いた死顔の凄味と、首を吊ってぶらさがる津島恵子の横顔の美しさの対比が素晴らしい。この映画での、貧苦にあえぐ津島恵子の血の気がなく笑顔もない表情の美しさは抜群である。前記『ノーサイド』誌の津島恵子項で、キャプション(おそらく田中眞澄さん執筆)に「小品「鬼火」(千葉泰樹'56)は必見」とあるのも頷ける。
またこの作品では、集金人加東大介が集金に訪れる家々の人びとの点景も面白い。財布を台所に置きっぱなしで加東に注意される奥様が中北千枝子。妻が不在なのをいいことに女中に手を出していたところを見つかったインテリ風の男(チョビ髭!)に中村伸郎
最初は情事を覗こうと家に上がり込んだ加東大介を見つけ「無礼千万」と咎め立てして、加東の立場が悪くなるが、相手が女中だと知って形勢逆転するあたりの妙。そのあと中村伸郎にも悲劇がおとずれる。
原作は吉屋信子と知って、「ああ」と思い出した。講談社文芸文庫『鬼火/底のぬけた柄杓』*2の表題作であり、持っているではないか。帰宅後さっそく同書をめくって原作に目を通した。原作は文庫本でわずか9頁の小品であったのには驚いたが、映画は原作にひとひねりくわえられている。中北千枝子中村伸郎の挿話は映画のオリジナルだった。
出演者中に佐田豊の名前を見つけたので、どの役で出ているかと注意して観ていたが、とうとうわからずじまいだった。帰宅後調べると、なんと冒頭、土手の上で加東大介にアイスキャンデーを売る親父の役だった。佐田さんを特定するにはまだまだ修行が足りない。