クリスマスイブに犬神家

犬神家の一族」(2006年、2006「犬神家の一族」製作委員会・東宝
監督市川崑/原作横溝正史/脚本長田紀生日高真也市川崑石坂浩二富司純子松坂慶子萬田久子松嶋菜々子尾上菊之助中村敦夫葛山信吾池内万作奥菜恵岸部一徳螢雪次朗加藤武大滝秀治/永澤俊夫/石倉三郎三谷幸喜深田恭子草笛光子三條美紀/林家木久藏/中村玉緒仲代達矢

スケキヨ君ストラップをもらうため、錦糸町楽天地で「犬神家の一族」の前売券を購入した(→10/22条)。さて土曜日午前中に近くのシネコンに観に行こうと、長男と支度していたとき、前売券を確認したら、この券は全国共通でなく、購入した映画館でしか使用できないものであることを知り愕然とした。妻からは罵られる。
てっきり前売券は全国共通だとばかり思っていた。最近前売券を買って映画を観たという体験がなかったからなあ(関係ないか)。仕方ないので映画は一日延期し、日曜午前に錦糸町に行くことにする。
楽天地シネマズに向かうため錦糸町に行くと、おりしも有馬記念の日、ウインズ錦糸町に向かうとおぼしきおじさんたちの一群に呑み込まれる。映画館に着くと、前日から封切られた「大奥」を観るためのおばさまがたに囲まれる。それでも「犬神家」は七分程度の入りか。
長男の前列に、長男より年少の女の子がお母さんと二人で観に来ていて驚いた。そのほかにもけっこう子供がいるものだ。まあわが家もそうだから偉そうなことは言えないが、「犬神家の一族」が親子で観に来られるような対象になっていることに時代の変化を感じずにはいられない。
出だしの雰囲気など、30年前の前作同様のものがあり、涙が出てきそうだった。もちろんもの悲しい「愛のバラード」も。画面も今風のくっきり鮮やかでなく、古さを帯びた感じなのが嬉しい。
とはいえ全体をくらべると、やはり前作に軍配を上げざるをえない。配役に変更がない石坂浩二加藤武大滝秀治はいかにも年をとりすぎた。わたしは堂々と“石坂金田一至上主義者”たることを宣言して憚らない者だが、これは「70年代の」という限定を加えなければならないようだ。
市川監督は金田一シリーズとしての前作「八つ墓村」で豊川悦司金田一に起用した。今回の「犬神家」リメイクにあたり、金田一石坂浩二しかいないと言ったという。トヨエツの立場がないではないか。わたしは「八つ墓村」を観て、豊悦金田一に良さを感じていたから(→10/23条)、やはりここは豊川悦司で行ってほしかった。
走る金田一にも溌剌さがなく、みんな30年年取ったという声の嗄れ方をしている。金田一・等々力署長・大山神官が並ぶ場面を観ると、重々しくてまるで骨董品を見ているようだった。これが悪いというわけではない。前作以来のファンにとっては涙が出るほど嬉しい配役なのだが、やはり金田一は経験分別ある年輩者でなく、青年探偵であるべきなのだ。
遺言書読みあげのシーンで「犬神奉公会」の人間の姿がなく、したがって遺言書の文言にも変化があるといった、マニアしか気づかない些末なシーンはおくとして、全体的に気になったのは説明過剰という点である。
金田一が宿に入ったとき、女中深田恭子に「外食券は」と問われ、お米入りの袋を差し出すシーン、前作では袋ごと手渡していたように記憶するのだが、今回は中味が米であることを示していた。前作と同じでは中味が何かわからない人が出るだろうということへの配慮なのか。
その他いくつか似たような場面があった気がするが、忘れてしまった。あるシーンで、そこに出ている人物がその直前まで何をやっていたのかということをうかがわせるような芝居をしているところがあった。これはすでに何度も前作を観て話の流れがわかっているからそれと気づくのだが、どうもそれも余計なような気がする。
説明過剰とは逆に、前作であった場面がカットされていたところもあったが、これもまあ細かい点(たとえば犬神佐兵衛と野々宮大弐夫人の回想シーンなど)だからいい。
映画「犬神家の一族」のテーマ(これは原作者の意図したテーマとは必ずしも言えまいが)が前作以上に際だって感じられたのは、やはり松子夫人富司純子佐清尾上菊之助親子のおかげだろう。なぜ犯人が犯行を犯さなければならなかったのかという動機が鮮明になったような気がする。これを観てあらためて思ったのは、やはり「犬神家」もまた「獄門島」と同じく、戦争と復員をめぐる偶然が背後にあったということだった。
松嶋菜々子が野々宮珠代を演じるということで一般に注目されたが、ファンとしては逆にこれに懸念を抱いた。現実の松嶋菜々子という女優の位置づけにすれば、野々宮珠代という役はそれほど重要ではないからだ。
松嶋菜々子という存在ゆえに、野々宮珠代という役がクローズアップされなければいいのだがと心配していたが、観て安心した。意外に目立たない。松嶋菜々子目当てで観に来ている人がいたら、期待はずれと思ったかもしれない。
ただ松嶋菜々子はすらりと背が高く(犬神小夜子の奥菜恵より頭一つ高くて違和感あり)、いかにも聡明であるのが気になる。前作島田陽子の美貌が懐かしく、また島田陽子は一見佐清の指紋を鑑定してもらおうといった策略をとりそうにない女性に見えたから、そのギャップが良かった。松嶋菜々子ではいかにも最初からそんなことをやりそうな気がする。
ああ、あまりにも好きでありすぎて、重箱の隅をつつくような嫌味な評論家的文章になってしまった。
前作の竹子三條美紀が、今回は松子母お園として(前作は原泉)、また梅子草笛光子は琴の師匠(前作は岸田今日子)として再出演しているのが泣かせる。「謎の覆面復員兵」が投宿する商人宿の主人林家木久蔵中村玉緒夫婦がいい。これに対し金田一が泊まる那須ホテル主人の三谷幸喜は、ちょっと…という感じ。三谷さんが案じていたように、登場の瞬間場内から笑い声が聞こえた。