子供使いの名人

麦秋」(1951年、松竹)
監督小津安二郎原節子笠智衆三宅邦子/菅井一郎/東山千栄子/二本柳寛/杉村春子淡島千景佐野周二井川邦子/高橋豊子/宮口精二

やっぱり小津作品は面白い。皮肉ではなく、行き遅れになりかかった適齢期(28歳)女性を結婚させようというだけのという話で一本の映画ができることに感心する。
兄夫婦や父母ら目上の家族全員が長女原節子の将来が幸福になるように、どうにかしていい相手を見つけようとやきもきする。上司佐野周二から持ち込まれた縁談にようやく家族が納得し、周囲が明るくなりかけたところで、事態は急転直下別の方向へ進み始める。
それまで自分の結婚話については、家族や上司の言うがままで受動的立場であった原節子が、突然自らの意志で相手を選ぼうとするという反転の妙。そして原節子の結婚を機に、三世代同居の大家族が、祖父祖母である菅井・東山夫婦の大和隠棲の呼び水となってバラバラとなり、笠・三宅夫婦を中心とした核家族へと変貌してしまう。
このあたりの象徴的な構造の変化が静かな物語にドラマを与えている。やっぱり小津作品は面白いと思うゆえんである。
原節子が、南方の戦地で消息を絶ったままの次兄の同級生で、長兄笠智衆の部下である二本柳寛と結婚する決意をしたきっかけは、たぶんあのお茶の水の喫茶店のシーンにあるのだろう。
彼が秋田に赴任するので笠智衆と一緒に送別会を開こうとする。原と二本柳は笠と喫茶店で待ち合わせする。その喫茶店は二本柳が原の次兄とよく来た店で、二本柳は次兄との思い出話をするのである。戦地から麦の穂が入った軍事郵便が届いたが、ちょうど自分は「麦と兵隊」を読んでいたという話。
原が二本柳にその手紙を所望すると、二本柳は快諾する。たぶんこの何気ないやりとりが、原を二本柳との結婚に向かわせたのに違いない。露骨に表現せず、そんなやりとりの裏にある一人の人間の心の微妙な動きが、一気に家族のあり方まで変えてしまうというダイナミズム。
小津は子供の使い方がうまい。ずいぶん前に観た(初めて観た小津映画?)「お早よう」は子供が主役の映画の傑作だったが、この「麦秋」でも、笠・三宅夫妻の息子二人がいい。矛盾した言い方だが、子供の無邪気な面と残酷な面がとてもよく出ている。
大和から上京してきた大伯父の高堂國典が耳が遠い*1のをいいことに、近くで「バカ」と叫んでみたり、父親が仕事帰りに買ってきたものが、おねだりしていた電車のレールでなく、パン一斤だったことに腹を立て、父親の前にそのパンを投げ出し、蹴飛ばしてしまう場面。次男が蹴ったらパンが二つに折れてしまった場面は思わず笑ってしまった。こんなシーンがリアルなのである。
原と兄嫁の三宅が900円もする高いケーキを買ってきて食べようとしたら、二本柳が訪れ、彼にもそれを出すと、いかにもおいしそうに平らげていたところに、子供が寝ぼけて起き出して、慌ててケーキを卓袱台の下に隠して知らんぷりをするシークエンスも爆笑だった。
ひとつひとつのシーンに意味があって、途中の大胆な省略も、前後のシーンから容易にその間何が起きたのか推察できるようなわかりやすいつくりになっている。いよいよ「東京物語」を観る時期がやってきたかと思うと、ワクワクしてくる。
原節子と二本柳寛のカップル、原節子がお茶漬けを食べるシーン(「麦秋」では茶碗二杯平らげる)で思い出すのは、成瀬巳喜男監督の「めし」のことだった。「麦秋」が51年10月、「めし」が同じ年の11月封切というから、奇妙な偶然である。

麦秋 [DVD]

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*1:映画では子供に「つんぼ」と言わせているが、音声をつぶしてしまっている。NHKらしいが、残念な処理の仕方だ。