二日連続新文芸坐

新文芸坐6周年特集

  • 和田誠が「もう一度観たいのになかなかチャンスがない」と言っている日本映画@新文芸坐
「100発100中」(1965年、東宝
監督福田純/脚本都筑道夫岡本喜八宝田明浜美枝有島一郎平田昭彦多々良純/マイク・ダニーン/堺左千夫/草川直也

妻のテニスが午後からだというので、では、と午前中を使わせてもらうことにした。今日もまた新文芸坐に出かけてしまおうという計画。
今日の朝一本目は「100発100中」。初めてタイトルを知る映画だが、脚本が都筑道夫さんと岡本喜八監督なら、きっとアクション映画として面白いものに違いないと踏んだ。これなら子供の鑑賞に耐えられるかもと小学一年生の長男を誘ったら、「行く」というので二人で池袋に出かける。
昨夜は結局ビールを呑んでしまった。とはいえたいした量でないので、今朝は爽快。昨日より早く新文芸坐に到着したら、行列がまったくなく、館内も空いていて拍子抜けしてしまった。昨日は冷たい雨、今日は良い天気だが、天気に無関係で昨日はやはり三谷人気ということだったのだろう。
子供はたぶんわが息子一人だけ。新文芸坐に連れてくる親がどうかしているのか、ついてくる子供がどうかしているのか。どちらも変なのか。ともかく、パチンコ屋が密集し騒々しい界隈に映画館があって、変なアクション映画を父親と観たという記憶が彼に残ってくれれば、わたしが生きたあかしは未来にも残る。
さて映画はさすが和田さんが選んだだけあってこれまた面白かった。旅先で付きまとった男が香港で殺され、そのパスポートを取り上げ殺された男になりすますというのが主人公宝田明。日系フランス人三世のアンドリュー・星野と名乗る。インチキ臭い日系人的な役は宝田さんにぴったりである。
プラスチック爆弾使いで、超音波の笛を鳴らして遠隔爆発させるというのが得意技の殺し屋美女が浜美枝。この二人が、赤月組と青沼組という二つの暴力団の拳銃密輸をめぐる争いに関わってゆく。
月組の親分が堺左千夫。昨日の「三十六人の乗客」で、若いほうのバス運転手を演じていた。最初彼を多々良純と勘違いしてしまう。そのあと本物の多々良純が乗客として登場したので人違いと気づいたが、もし多々良さんが出演していなければ間違ったままだったかもしれない。
この「100発100中」にも多々良さんは出演していて、それが二つの組に拳銃密輸を斡旋する中国の黄昌齢。赤月組と青沼組、そしてそれぞれに絡む黄大人。赤と青と黄色。堺左千夫は赤のジャケットを着ているし、相手も青のネクタイ、黄大人も黄色−金系の服を着ている。こんなところの凝りようがいい。
アクションのアイディアはさすが都筑・岡本という二人が手がけた作品らしい奇抜な発想で驚かせる。台詞もいかにも都筑さんの小説に出てきそうなお洒落な表現が交じっていたりで楽しめる。
都筑道夫さんは、『推理作家の出来るまで』下巻*1(フリースタイル)のなかで、こんなふうに書いている。

映画四本のうち、ほぼ満足したのは、最初の二本だった。俳優にスローテンポな芝居をさせたり、思い入れが長すぎたりして、おかげで大事な説明の場面が食われたようなことはあったが、私が自信を持っていたアクションの新手は、生かされていたからである。(450頁)
満足したという二本のうちの一本がこの「100発100中」で、上記引用文に続けてこの映画のクライマックスでのアクション・アイディアをいかにして着想するにいたったのかが詳しく述べられ、「想像以上の効果をあげていた」と自賛されている。
都筑さんによれば、一段落したあと、主人公がこのアイディアを戦争中の体験から得たという話をする場面があったのだが、映画ではカットされていたという。このアクションにも戦争の刻印がある。宝田と組む警視庁捜査四課の部長刑事有島一郎は、戦時中飛行機乗りでフィリピンあたりを飛び回っていたと述懐しているし、浜美枝の親も戦争で死んだと語られていたはずだ。
たぶんラストの場面はフィリピンの旧日本軍施設跡という設定なのだろう。留置場に入れられた宝田・有島コンビが「こんなところで虐げた報いだ」といった台詞を交わしていた。この細かい設定も都筑・岡本脚本によるのに違いない。
息子も満足したようだし、わたしもロビーで昨日買いそびれた和田誠三谷幸喜『それはまた別の話』*2(文春文庫)を買えたので良かった。観終えてロビーに出ると、ちょうどそこに和田誠さんがいらした。たぶん一緒にいた老婦人が、今日のトークショーのゲストである岡本喜八監督未亡人で映画プロデューサーの岡本みね子さんに違いない。今日はトークショーは失礼せざるを得なかったが、うーん、もう一回くらい、この企画を観に来たいものである。
なぜこの作品を和田さんは選んだのだろう。トークショーを聴けばわかったのだろうが、それができなかった。帰宅後和田さんと山田宏一さんの対談集『たかが映画じゃないか』*3(文春文庫)を繙くと、浜美枝出演作品の話題が出たとき、和田さんは「特によかったのは「100発100中」だな。ビキニ着て機関銃射ったりするの」と発言している。
たぶんそういう理由なのだろう。もう一度あの浜美枝が観たい(観客に観てほしい)。むかし観た映画の記憶はこんな印象的なシーンに収斂されてゆく。それら記憶の断片が積み重なった先に、三谷さんや山田さん、川本三郎さんや瀬戸川猛資さんらとの愉しい映画談義が花開くのである。