シネコン初体験で泣く

  • MOVIX亀有
椿山課長の七日間」(2006年、「椿山課長の七日間」フィルムパートナーズ・松竹)
監督河野圭太/原作浅田次郎/脚本川口晴/西田敏行伊東美咲成宮寛貴/和久井映美/國村隼志田未来須賀健太余貴美子桂小金治市毛良枝/渡辺典子/沢村一樹綿引勝彦伊藤大翔藤村俊二

自宅から自転車で10分もかからない場所に大きな映画館があるのは幸せなことだ。ファーストデイで料金が1000円だし、せっかく休暇を取ったので映画を観ることにする。かねて観ようと思っていた「椿山課長の七日間」だ。
犬神家の一族」の前売券を買い、数年ぶりの新作鑑賞はこの映画かと思っていたけれど、ひと足先にこちらを観ることになった。しばらくぶりの新作映画で、しかもシネコン初体験である。
薄暗いトンネルのような通路の両側にたくさんのスクリーンへの案内表示が並んでいて、否応にも期待感が高まるなか、「椿山課長の七日間」を上映する部屋に入ると、座席がすべて階段状になっていて観やすそうな雰囲気に心もゆるむ。座席も快適だ。10もスクリーンがあるのなら、一つや二つ昔の日本映画を映してくれる名画座的な企画をやってくれてもいいのに。
正直言えば、薄暗い迷路のような通路を通った先にある暗い空間で大音響というのは、精神的に耐えがたい。予告編の大音響にはちょっと不安を感じたが、本編に入って何とか最後まで耐えることができた。
さて「椿山課長の七日間」だが、簡単に言ってしまえば、原作のほうが好きだ。主演の椿山課長西田敏行が急死してから「中陰役所」で一定期間だけ現世に戻ることを許されるまでが大きく簡略化されてしまっている。原作におけるこの場面のユーモアと批評精神は無類のものだったのに。無機的でいかにもお役所仕事然とした「中陰役所」の雰囲気が、緑に囲まれた(ここもCGであることが不満)明るい雰囲気であるのが気に入らない。
西田敏行の生まれ変わり伊東美咲、少年の生まれ変わり志田未来、ヤクザ親分綿引勝彦の生まれ変わり成宮寛貴は、歌舞伎で言えば「実は…」という内面が別人格という難役であるのだが、成宮寛貴はともかく、伊東美咲志田未来ともなかなかのものだった。
原作ではヤクザ親分の正反対人格として生まれ変わったのは、日本の戦国時代史を研究する大学助教授となっている。立場が立場だけに、読んだときはへなへなとなったのだが、映画では日本史の大学助教授ではあまりにも冴えないゆえか、ヘアスタイリストに変えられてしまったのには複雑な心境になった。
息子夫婦を騙しボケ老人を演じ、甘んじて施設に入る西田敏行の父桂小金治がいい。その存在を観ただけですでに涙腺がゆるんでしまった。西田敏行伊東美咲が息子須賀健太に会うシーン、志田未来が産みの父母に心中を告白するシーンには涙が止まらなかった。市毛良枝が無言で志田未来を抱きしめるシーンに感泣。映画では、原作のユーモア部分より泣かせる場面を強調しているのが残念だが、これも仕方ないのだろう。
さめざめと涙を流して終わってみると、一緒に観たまわりの観客に泣いたような人がそういない様子なのには意外だった。すすり泣きの声は聞こえていたものの、わたしを含め少数派だったとおぼしい。
前を歩いていた若い女性二人組は、「原作のほうが良かったね」「点数をつけるなら20点かな」とかなり辛辣な感想を交わしていた。原作のほうが良いのは認めよう。でも20点は辛すぎる。
この程度のドラマで泣くのはよほどのバカ正直者か、感激屋ということなのだろう。観終えたあと平然としている人が多いことに不満だ。映画は愉しむため、感動するために観に来るのである。そんな冷感症的に醒めた眼で、批評家っぽく辛い評言を吐いて自己満足にひたるのはやめよう。わたしたちは批評家ではないのだ。マイナス面には目をつぶり、良かった面だけ褒めようではないか。
でもそれも人それぞれで、ポロポロ涙を流して観ていた脳天気な感激屋に言われたくないと反論されるに違いない。このあいだまで読んでいた中井英夫さんの本の影響か、つい小言を口にしてしまった。