市川崑のナンセンス喜劇に驚く

「億万長者」(1954年、青年俳優クラブ・新東宝
監督・脚本市川崑/脚本協力安部公房和田夏十横山泰三長谷部慶治木村功久我美子山田五十鈴伊藤雄之助加藤嘉左幸子岡田英次/信欣三/高橋豊子/多々良純北林谷栄/織田政雄/西村晃山形勲

小心者の税務署徴税吏木村功が主人公。小心者ぶりがたまらなくおかしい。市川崑監督の初期作品は出演者が早口で話を交わすということを聞いていたが、この映画もまさにそうで、とりわけ山田五十鈴が電話ボックスで早口にまくしたてる一人芝居が圧巻。
木村功汚職メモ作成を促す芸者花熊こと山田五十鈴と、汚職代議士伊藤雄之助の悪役コンビがいい。この二人の悪役と言えば、渋谷実監督の「悪女の季節」を思い出す。億万長者 [DVD]
この作品にはやたら子だくさんの大人たちが登場する。税務署長加藤嘉は23人、伊藤雄之助は21人、山田五十鈴は13人。アルマイトスプーン製造会社の社長多々良純を飛行機事故で失った*1未亡人北林谷栄のところにも子供が18人。木村功が未払税金徴収に訪れる貧乏一家の信欣三・高橋豊子の夫婦にも、「ニューフェイス」の岡田英次を筆頭に、十何人かの子供がいる。彼らが住むあばら屋の向うに国会議事堂が見えているのだが、これは合成なのか、セットなのか。
信・高橋夫婦の二階に間借りしている狂信的な女性に久我美子。広島の原爆で家族を失い、いまや部屋中に科学実験装置をしつらえ、一心不乱に原爆づくりにいそしむ。これを聞いた木村功は慌てて家から走り去り、放射線汚染圏外の沼津まで到達してしまったというとびきりのナンセンスギャグ。
実は、木村功から何を作っているのかと問われ、久我美子が「原爆」と答えたとき、そのナンセンスさに思わずプッと噴き出してしまった。噴き出してから、慌てて「いかんいかん」と笑いを抑える。実際これは笑っていい場面なのだろうか。敗戦から9年、取り憑かれたように寄付金を募り、科学実験をしている女性が実は原爆づくりだったというブラックなギャグに、当時の映画観客はどんな反応を示したのだろう。
とにかく最初から最後までナンセンスに徹してスピーディ。市川崑監督は若い頃こんな才気走った映画を撮っていたのかと驚いた。木村功といい、岡田英次といい、二枚目を二枚目半で使い、山田五十鈴久我美子をあんなふうに崩した役で使う監督のセンスがわたしは大好きだ。

*1:このあたりのシークエンスも笑える。