「大映アクション」と日活アクション

「誘惑からの脱出」(1957年、大映
監督島耕二/脚本須崎勝弥・島耕二/根上淳川口浩若尾文子高松英郎/角梨枝子

1957年という時期柄、大映も、勃興しつつあった日活アクションを意識したのだろうか。「大映アクション」という概念は西脇英夫さんの『日本のアクション映画』(現代教養文庫)などにも見えないけれど、もしあるとすればこの作品が該当するのかもしれない。
刑務所を出所した拳銃の名手根上淳は、出所後弟川口浩のアパートに居候することになる。川口は運送会社に勤めるサラリーマンで、信用金庫のOL若尾文子と恋人同士。二人はお金を貯めていずれは結婚しようと約束している仲。
根上は出所後カタギになって職を探すものの、前科者ということでなかなかいい話がない。前科者ではあるが、弟思いで、近所づきあいもよく「いい人」で通っている。その根上敵役が高松英郎。彼は根上をつけ狙い、弟川口を籠絡して手下にしてしまう。
川口は前科者の兄がいるということで若尾の父に結婚を断られ、次第に荒れてしまい、若尾も若尾で結婚資金を貯めるため信用金庫を退職しキャバレー勤めを始めてしまうので、川口との間にも気持ちにすれ違いが生じてしまう。
人相が悪くて悪役向きの高松英郎はともかく、二枚目系の根上淳川口浩までこのようなアクション映画に出てくるというのは、やはり時代の流れなのだろうか。日活に比べ既成の俳優陣によるものなので、今ひとつ清新さや派手さがない。

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関東無宿」(1963年、日活)
監督鈴木清順/原作平林たい子/脚本八木保太郎小林旭/伊藤弘子/松原千恵子/中原早苗/平田大三郎/伊藤雄之助殿山泰司/安部徹/野呂圭介/信欣三/高品格江角英明

鈴木清順監督ならではの様式美が遺憾なく発揮された作品として、代表作のひとつに数えられる。原作が平林たい子の「地底の歌」であり、以前観た名和宏石原裕次郎・山根寿子らが出演した「地底の歌」(1956年、→9/9条)のリメイク作品なのである。脚本(八木保太郎)も共通しており、ストーリーの大筋はほとんど変わらないと言ってよい。関東無宿 [DVD]
双方の作品を比べると、主演の伊豆一家鶴田が名和宏から小林旭、対立する吉田組のチンピラ「ダイヤモンドの冬」が石原裕次郎から平田大三郎、冬の姉は山根寿子から伊藤弘子、彼女の旦那「おかる八」が菅井一郎から伊藤雄之助、冬の恋人花子の香月美奈子が中原早苗、花子を成田で売り飛ばす伊豆一家のチンピラ「びっくり鉄」の高品格野呂圭介、冬に殺される伊豆親分が二本柳寛から殿山泰司、鶴田を慕う伊豆親分の娘トキ子を美多川光子から松原智恵子、吉田親分を深見泰三から安部徹といった按配である。
地底の歌」では、主演名和宏と山根寿子の出会いと再会を中心とした二人の恋愛関係が主筋ではあるのだが、石原裕次郎の清新さが際だっていた。その点「関東無宿」での平田大三郎は地味であり、主筋に対抗する脇筋を形づくるには弱い。そのため小林・伊藤コンビのロマンスがより強調される結果となる。
ラスト近くの小林旭による出入りの場面で、斬った相手が障子に倒れ込みこれを倒すと、背景が真っ赤になるという有名なシーンのほか、小林・伊藤が再会して情事に至るシーンでの照明の凝りようが素晴らしい。このあたりいかにも鈴木清順なのだろう。
しかしながら、鈴木清順監督のいろどりも鮮やかな「関東無宿」を観たら、逆に以前観てそれほどの感慨をもよおさなかった「地底の歌」の、モノクロ画面で情念が澱んだ暗く湿り気のある雰囲気に懐かしさを感じてしまったから不思議だ。仮に「地底の歌」を平均点とすれば、「関東無宿」はそれ以下ということではない。逆にそれなりのレベルだった「関東無宿」と比べると、意外に「地底の歌」は佳作の部類に入るのではないかと評価を引き上げたくなったのである。
地底の歌」のなかで、花子がびっくり鉄に騙されて連れてこられ、売り飛ばされた成田が、架空の町「五王」になっている点も、繁華な門前町成田というリアリティを損なってしまったし、花子の中原早苗は明るすぎ、びっくり鉄の野呂圭介高品格にくらべ剽軽なキャラクターであり、卑屈さで見劣りする。
関東無宿」で高品格は、賭場で捕まってしまった中原を保護する刑事になっているのが笑える。その直前の賭場は、びっくり鉄が振り役になっており、「インチキはないの」と無邪気に冬に問う花子に睨みをきかせる印象深いシーンであった。野呂圭介を観ながら高品格の凄味を思い出していたら、次のシーンに刑事役で当の高品格が登場するのだ。
「おかる八」にしても、いかにもインチキ臭い伊藤雄之助は決して嫌いではないのだけれど、渋さの菅井一郎をとりたいし、伊藤弘子と山根寿子を比べたら、断然山根寿子の色気に軍配を上げたい。
だいたいのストーリーはわかっているわけだから、きっと「関東無宿」はそこに鈴木清順的世界が加わり面白いのだろうと期待していたら、旧作「地底の歌」の良さのほうをかえって認識させられたという皮肉な結果となった。
ちなみに脚本の八木保太郎はこの世界の重鎮で、先日読んだ山口猛『幻のキネマ満映甘粕正彦と活動屋群像』*1平凡社ライブラリー)にて、満州に渡り満映で仕事をした映画人の一人として紹介されていたのを知って驚いた。

「俺は犯人じゃない」(1956年、日活)
監督野口博志大坂志郎/広岡三栄子/左幸子/植村謙二郎/菅井一郎/高品格

大坂志郎という俳優を意識するようになったきっかけは、たぶん川本三郎さんの『映画を見ればわかること』*2キネマ旬報社)だろう。同書所収の一文「初期日活作品のこと、大坂志郎のことなど」のなかで川本さんは、石原裕次郎登場以前の日活において、大坂志郎という俳優の位置づけの大きさについて指摘している。
その材料となったのが、「俺は犯人じゃない」だった。以来どんな映画なのだろうと鑑賞欲をつのらせていたのだが、幸い先月チャンネルNECOにて野口博志監督特集があり、河津長三郎主演の「探偵志津野一平シリーズ」と並びこの作品や伊藤雄之助主演の「悪の報酬」が放映されたおかげで、観ることが叶った。
川本さんが指摘するように、きわめて質の高いサスペンス映画である。腕利きの金庫破り(大坂志郎)が、模範囚となって刑期を縮め出所したあと、待ってくれているはずの恋人(左幸子)との暮らしを夢見ていたが、出所当日になって、恋人は誰かの手紙に誘い出されたまま消息を絶ってしまい、大坂を出迎えにやって来なかった。
不審を抱き謎を探ろうとする大坂に、謎の男菅井一郎が声をかけ、とある銀行まで連れてくる。すると銀行の金を盗み警備の人間を殺害した男たちが出てきて、逃亡劇に巻き込まれてしまう。大坂は彼らの姦計にはまり、強盗と間違われ逮捕されてしまうのだ。
弟分と共謀して護送中に逃げ出すことに成功した大坂は、三日だけ猶予をくれと伝言して、恋人失踪の謎解明と、自分を罠にはめた集団の捜索に一人乗り出す。謎を輻輳させる筋書は極上で、ハラハラしながら観ていると時間がすぐに経ってしまう。やっぱりわたしはこういうたぐいの映画が好きなようだ。
金庫破りという犯罪者の暗さと、都会のなかで犯人を捜し回る探偵の身軽さという二面性のある男を演じるのに、大坂志郎ほど適役はいない。「死の十字路」や「不道徳教育講座」での二役演じ分けにも通じている。ラスト、犯人集団との神宮球場(?)での対決シーンは息づまるもので、上記「地底の歌」と同じ野口博志監督の技量に感服したのである。