「すごい」の上書き

「彼女の特ダネ」(1952年、大映
監督仲木繁夫/原作今日出海/脚本舟橋和郎棚田吾郎京マチ子菅原謙二/小杉勇川崎敬三船越英二若尾文子東山千栄子三宅邦子大泉滉

同じ作家や傾向の本を続けて読まないようにしているのと同じく、映画に対しても、奇妙なバランス感覚を働かせずにはおけない性分らしい。日活アクションなら日活アクション、東宝の成瀬作品なら成瀬作品、川島作品なら川島作品を連続して観ることがどうしてもできない。
日活を観たら次は東宝…のように、ひとわたり別の映画会社の作品をローテーションで観なければすまない気持ち(誰に?)になるのだ。最近で言えば、「ろくでなし野郎」(日活)、「本陣殺人事件」(ATG)、「用心棒」(東宝)、「白昼堂々」(松竹)と観てきている。まあATGは特殊だからはぶくとして、日活・東宝・松竹とくれば、やはり大映を観ないとという気持ちになる。われながら変な性格だ。
そこでハードディスクに録りためておいた「彼女の特ダネ」という映画を観ることにした。京マチ子主演の作品だ。「メモリーズ・オブ・若尾文子」として放映されたが、若尾文子京マチ子に憧れるおでん屋の娘という脇役で、登場シーンは多くない。
京マチ子はVAN写真新聞社という写真スクープをむねとするタブロイド紙(?)のカメラマン。男勝りにバリバリと仕事をしてスクープをものにしようとする。顔の表情や仕草などが面白く、京マチ子はこうしたコメディエンヌがお似合いである。
さて、そんな彼女でも難しいのが、写真嫌いの首相(小杉勇、何となく吉田茂風)の顔をシャッターにおさめること。怒鳴られたり、お茶をかけられたりして、徹底的に嫌われる。
そこで一計を案じ、首相の御曹司(菅原謙二)をまず取材して、彼と知り合いになり、首相に近づこうとする。菅原は天文台(野原のなかに天体望遠鏡のドームがいくつかある。三鷹なのか?)に勤務する、星一筋という研究肌の天文学者。ところが取材を受け話をしているうち、菅原のほうが京マチ子に惹かれるようになり…というロマンスが物語のメインの筋となる。
見物なのは、京マチ子が菅原を誘い出し最初にデートする場所。浅草松屋の屋上にあった土星型の乗り物「スカイクルーザー」なのである。屋上に設置された土星の輪の部分がベンチ状の座席になっており、そこに座って球体のまわりをゆっくり回ることで、浅草から東京の町並みが一望できる仕掛け。平行移動型の観覧車といったおもむきか。
天体観測一筋だった菅原はこのアトラクションをひどく気に入り、一回りしても席を立たず、係員に「切符をもう20枚ください」と申し込む。京マチ子の分とあわせ、あと10回乗ろうというわけか。
観ていて、思わず一時停止ボタンを押し、別の部屋から川本三郎さんの『銀幕の東京』*1中公新書)や『映画の昭和雑貨店』(小学館)シリーズを持ち出して来て手もとに置き、これらをめくりながら鑑賞再開するという映画が、わたしにとって「好きな映画」である。
この「彼女の特ダネ」は前記スカイクルーザーが出てきたことによりそうした行動を起こさせたという意味で、観甲斐のある作品だった。川本さんは『銀幕の東京』中の「浅草」の章で松屋屋上のスカイクルーザーに触れている。「昭和二十七年ころお目見えした。夜になるとネオンに輝き、銀座の森永の広告塔と共に、〝明るい東京〟の象徴となった」(219頁)とする。
そのうえでスカイクルーザーの出てくる映画をこれでもかと紹介している。「カルメン純情す」(昭和27年)、「お嬢さん社長」(同29年)、「渡り鳥いつ帰る」(同30年)、「恋化粧」(同前)、「土砂降り」(同32年)。
そして、「すごいのは」という前置きで、「その手にのるな」(同32年)をあげ、高橋貞二と杉田弘子がデートでこのスカイクルーザーに乗っていることを紹介する*2。ついで畳みかけるように「さらにすごいのは」と、サミュエル・フラー監督のアメリカ映画「東京暗黒街 竹の家」で、クライマックスの死闘が行なわれるのがスカイクルーザー上であることを指摘している。
その伝でいけば、「彼女の特ダネ」は京マチ子菅原謙二が乗るのだから、さしずめ「すごいのは」と「さらにすごいのは」の中間くらいに位置する「すごさ」と言えるだろう。この映画はスカイクルーザーができたとされる昭和27年に封切られたのだから、「カルメン純情す」と並んで、新しい都市風物を真っ先に取り入れた点、特記できる。
やっぱりこの映画でも、大泉滉の「脇役第三人格」が気になった。彼は京マチ子が勤める写真新聞社の同僚で、おでん屋の若尾文子に気があるものの体よくあしらわれる間抜けなモダンボーイといった役どころ。大泉さんはこんな役ばかり演じている。

*1:ISBN:4121014774

*2:先日ラピュタ阿佐ヶ谷で企画された特集「銀幕の東京」では、「その手にのるな」に加え、「女獣」がスカイクルーザー登場作品として上映された。