芦川いづみのデビュー作

東京マダムと大阪夫人」(1953年、松竹)
監督川島雄三/原作藤沢桓夫/脚本富田義朗/月丘夢路/水原真知子/北原三枝芦川いづみ高橋貞二三橋達也大坂志郎/坂本武/多々良純丹下キヨ子

監督から俳優まで、顔ぶれを見ているとまるで日活映画のようだが、これはまぎれもなく松竹大船作品なのだ。この映画が封切られた翌54年、日活は製作を再開する。これにより日活に移籍したのは、川島雄三三橋達也月丘夢路北原三枝芦川いづみ大坂志郎…主だったキャストは、高橋貞二を除きほとんどでないか*1
そして本作品が芦川いづみのデビュー作にあたるらしい。スタッフロールの彼女の名前にはまだS.K.D.すなわち松竹歌劇団の所属が書かれてあって、まだ専属的な映画女優ではなかったとみえる。
舞台は郊外の戸建て社宅が建ち並ぶ団地。商事会社の社宅が軒を連ね、働く男たちの階層がそのまま団地のご婦人方の人間関係にも反映するという世界。「あひるヶ丘」という住所表示で、団地の池にはあひるがたくさん羽を休めている。ご婦人方の井戸端会議に、あひるのガーガーという鳴き声がかぶさるのは意図的なのだろう。
東京生まれの月丘夢路三橋達也夫婦、大阪生まれの水原真知子・大坂志郎夫婦は隣同士で、三橋と大坂は会社でも机を並べている。大坂は大阪から(ややこしい)転勤したばかりで、別に三橋と大坂の仲が悪いというわけではない。
妻の月丘と水原同士もとくにいがみあうわけではないのだが、やはり無意識にお互いライバル意識を燃やしてしまうらしい。冒頭水原の家に電気洗濯機が届けられる。社宅の奥様方は集まってそこに嫉妬の目線を送る。まだ電気洗濯機は珍しいのだ。わたしは知らなかったが、この頃の洗濯機は中のドラムの形そのままに、円筒形をしていたのだ。
そこに一人の風来坊が飛び込んでくる。高橋貞二である。高橋は水原の弟で、商業航空会社のパイロット。東京に転勤になったという。無精髭を生やして自然児といった雰囲気。物語は高橋貞二を中心に、実家を継ぐのが厭だと飛び出してきた月丘の妹芦川いづみ(可憐!)と、会社の専務令嬢北原三枝が恋の鞘当てを演じる。専務夫人は水原の学校の先輩で、水原は自分の弟を専務令嬢と結婚させ、あわよくば夫の昇進を目論む。
月丘・芦川姉妹が封建的な束縛を逃れようと飛び出した実家というのは、下町にある老舗の傘屋で、あの中村仲蔵が斧定九郎の役柄を編み出したときに持っていた傘を作ったというのが誇りの、江戸以来続くお店というのが笑える。
東京対大坂、山の手(風)対下町(風)という対比や、夫婦関係など、正反対の構図が持ち込まれて面白い。水原・大坂夫婦は、妻の襟足の産毛を夫が剃ってあげる。月丘・三橋夫婦は、三橋の髭を月丘が剃ってあげる。
川島雄三監督のフィルモグラフィを見てみると、わたしはどうやらこの時期、すなわち松竹時代末期から日活時代にかけての作品がとくに好きであることに気づいた。この「東京マダムと大阪夫人」、「愛のお荷物」「あした来る人」「銀座二十四帖」(55年)、「洲崎パラダイス 赤信号」(56年)、「幕末太陽傳」(57年)などがそれである。
これを考えると、まだ観る機会を得ていないが、高橋貞二の「新東京行進曲」、草笛光子デビュー作「純潔革命」、美空ひばり主演の「お嬢さん社長」(以上53年)、「あした来る人」と同じ井上靖原作の「昨日と明日の間」(54年)などもわたし好みかもしれない。そんな未見作品がまだあるかと思うと、嬉しくなる。

*1:大坂志郎はこの映画の一ヶ月後に封切られた小津安二郎の「東京物語」にも出演している。