二人のバカな男

「白と黒」(1963年、東京映画)
監督堀川弘通/脚本橋本忍小林桂樹仲代達矢/井川比佐志/千田是也西村晃小沢栄太郎淡島千景乙羽信子大空真弓/浜村純/東野英治郎山茶花究岩崎加根子菅井きん三島雅夫/稲葉義男/大宅壮一(特別出演)/松本清張(特別出演)

伏線が巧妙に張られ、ストーリーがどう転がっていくのか、登場人物一人一人にとりうる選択肢が複数あるという複雑な構造をもち、展開も切れ味鋭い。さすが橋本忍さんの脚本という佳品だった。
千田是也死刑廃止論者として名高い弁護士。彼には三十代後半で「女ざかり」の妻淡島千景がいる。千田の事務所には新進気鋭の若い弁護士仲代達矢が所属している。淡島と仲代は密通していた。仲代に結婚話が出てくると淡島が横槍を出し、ことごとく台無しにしてしまう。資産家令嬢の大空真弓との結婚話が具体化したときも、淡島は大空に仲代の過去を中傷し破談にみちびくような手紙を書いた。
大空に手紙を見せられた仲代は激昂し淡島に詰め寄る。これに対し淡島は仲代を「男めかけ」と罵ったため、理性を失った仲代は淡島の首に紐をかけ、力を込めて締め上げた…。
と発端を説明したが、映画ではいきなり仲代が淡島を殺そうとする場面から始まるのである。そこまでのいきさつはあとから明らかになる。このあたりの見せ方の妙。
人を殺害した恐怖に怯える仲代に犯人逮捕の報が飛び込み、驚愕する。捕まったのは淡島の家に盗み目的で侵入し、宝石類を奪って逃げた井川比佐志だった。彼に対し検察官の小林桂樹は殺害の自白を迫り、とうとう井川は自白してしまう。映画を観ているわたしたちは、思いこみによる検察捜査の過誤だと感じるわけである。
さらに登場人物の心理描写を複雑化するのは、井川の弁護人に死刑廃止論者千田(および仲代)が立ったこと。自らの妻を殺害した犯人の弁護を買って出たのは、死刑廃止という信念を貫きとおすためだった。本当は自分が殺したはずなのに、身代わりに仕立てられた犯人の弁護を引き受けることになり、懊悩する仲代。
裁判は、井川の犯行ですんなり決まりそうになったところで二転三転する。小林桂樹と仲代は酒場でお互い酔った状態で出会い、仲代は事件の結論を疑わせる発言で小林を怒らせてしまう。翌日仲代の発言が脳裏にある小林は、事件の再捜査に乗り出し、少しずつ真相にせまってゆく…。
このあたりのサスペンスは無類のものだった。一度は自分の捜査により真犯人を確定させたはずの小林が、あえて自分のミスを認めるに等しい別の真相を明らかにしようと奔走する。いっぽうで小林には栄転話もあって、事を大げさにしたくない。真実が大事か、保身が大事か。痔に悩みながら、古びた公営アパートに妻の乙羽信子と息子と住まう小林桂樹の人間くささがリアルだ。
小沢栄太郎は小林の上司(検事部長)、西村晃は小林と再捜査に乗り出す警視庁刑事、東野英治郎は仲代が顧問弁護士をする建設会社社長。大宅壮一松本清張は、二転三転する検察捜査について、テレビでそれを論評するというかたちで登場する。
いまでは井川比佐志さんは、孫のためにフライドチキンを買うため笑顔で自転車を走らすおじいさん役がはまっているが、この映画での強盗犯人役は、先の見えぬ将来に自暴自棄で犯罪に走る役柄で迫力満点だった。
ちなみに「(二人の)バカな男」というのは、ラストで小林桂樹仲代達矢に語りかけた台詞である。