絶妙のキャスティング

人間の條件 第3部望郷編 第4部戦雲編」(1961年、人間プロ・松竹)
監督・脚本小林正樹/脚本松山善三仲代達矢新珠三千代佐田啓二佐藤慶内藤武敏川津祐介/藤田進/田中邦衛多々良純内田良平千秋実/南道郎/植村謙二郎/桂小金治/柳谷寛/城所英夫/織田政雄/渡辺文雄/倉田マユミ/岩崎加根子原泉

先の第1部・第2部とくらべれば、キャストの派手さこそないものの、これまた堅実な脇役揃いで、次の第5部・第6部まで含めて、新劇の実力派はほとんどこの作品に登場しているのではないかというほど、スタッフロールには「あの人も、この人も」と名前が並ぶ。
この第3部・第4部では、関東軍に入隊して、苛酷で理不尽な初年兵いじめの実態が生々しく描かれ、ぐいぐいと惹き込まれて三時間があっという間だった。
初年兵である二等兵仲代と同期入隊の二等兵に、田中邦衛桂小金治らがいる。田中邦衛は何をしてもうまくできない不器用な性格で、名演。待っているはずの家からは、妻が姑との諍いを報告する手紙が届けられ、悩まされる。最後にはいじめの果てに遊廓の女郎の真似をさせられ、大事な眼鏡を踏みにじられるという屈辱を受け、尊厳を傷つけられた挙げ句、銃で自殺してしまう。遺骨を受け取りにきた妻(倉田マユミ)には、上官が家庭内の諍いが原因だと告げられるものの、納得しない。
このとき唯一仲代に同情的なのが一等兵佐藤慶で、彼はアカとして上から睨まれ、三年兵なのにまだ一等兵のままでいる。佐藤慶さんはこの映画が初出演作なのだという。

佐藤さんが演じたインテリ脱走兵新城一等兵は、直前まで宇野重吉木村功がキャスティングされるはずだったが、小林監督は既成の俳優でなく、新人を起用したいと考えたのだ。佐藤さんは「仲代の推薦もあったみたいだ。その数年前、肋膜で新大久保の病院に入院しているときに、『人間の条件』を読んで、この新城は自分にぴったりの役だと思ったことがあったのも、因縁でした」という。松島利行『風雲映画城(上)』(文藝春秋)253頁*1
松島さんが紹介した挿話にあるように、新城一等兵は野火で兵営が騒がしい機に乗じて脱走をはかる。そのさい仲代は追いかけ、湿地にはまって入院する羽目になる。
病院のシークエンスも素晴らしい。まるで下士官のようにいばる婦長に原泉。仲代に好意を寄せる看護婦に岩崎加根子。この女優さんは知らなかったが、『ノーサイド』1994年10月号(特集「「戦後」が似合う映画女優」)所収のプロフィールによれば、「戦後の新劇女優を代表する一人」とのことで、紹介文を書いている田中眞澄さんも絶賛している。新珠三千代のような美しさではないが、観ているとじわじわ効いてくるような女性の優しさ美しさと表現すべきだろうか。まあこれは白衣というコスチュームも作用しているのかもしれないが。
この病院内で仲代と気脈を通じ合うのが先に原隊復帰する丹下一等兵こと内藤武敏だ。内藤はこのあと第5部・第6部では仲代とともに敗戦後満州を放浪し、先にソ連に投降して捕虜労働の現場で再会することになる。
ほかに印象深いのは、退院して別の部隊に配属された仲代にいきなりスリッパを口に突っ込む兵長千秋実と(「ええっ、千秋もいじめる側なの?」と驚いた)、古兵のいじめに逆上して殴りつけ、兵曹にぶちこまれる喧嘩っ早い大工の藤田進だろうか。仲代はたまたまその隊で、満鉄調査部の同僚で親友の佐田啓二と再会する。佐田は少尉として赴任し、初年兵教育を担当する。仲代はその助手に命ぜられ、自らが受けたいじめを味わわせまいと努力するのだが、それが古兵や下士官には面白くなく、仲代が暴力を受けるのだ。すでに仲代は上等兵に承認しているのだが、軍隊というところはそうした階級とは別に、入営年数のキャリアが力関係に強く影響するところだということも知った。一等兵が平気で仲代を殴るのである。
藤田進と同じく仲代の隊に入ったのが川津祐介。父が少佐で、軍国的な教育を受けてきたため仲代の思想とは相容れないものの、ソ連との戦闘で仲代に命を救われたことがきっかけで生き抜くことの大事さを知り、以降仲代の忠実な部下として行動をともにする。
シャバでは同僚だった佐田啓二は、一兵卒の仲代と再会し、互いに戦争の無意味さという考え方を通じ合わせているものの、古兵による仲代や初年兵のいじめを黙って見逃さざるをえず、軍隊という組織のなかで生きるためには友情を犠牲にしなければならない矛盾を抱える。佐田は、仲代が軍律違反のため野外労働に派遣されている間にソ連の攻撃を受け戦死したという情報が口で語られるのみである。
先に述べた岩崎加根子の美しさとともに、仲代の兵営に面会にやってきて、休暇を与えられ一夜をともにした妻新珠三千代の美しさ、男のドラマのなかにキラリキラリと光る女性を配する演出が絶妙である。
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