八月生れの女は…

「八月生れの女」(1963年、大映
監督田中重雄/若尾文子宇津井健川崎敬三東野英治郎/浜田ゆう子/角梨枝子/村田知栄子/左卜全

若尾文子はカメラ製造会社の女社長。「♪八月生れの女は気が強く負けず嫌い」という陽気な唄がタイトルバックに流れる(原六朗作詞・中村八大作曲・朝丘雪路唄)。若尾が演じた人物はそのとおり八月生まれで気が強いという設定なのである。タイトルが出る前に、車を追突されたされないで宇津井健と丁々発止のやりとりをして、負けていない。
丙午の女性は男を喰うというのなら聞いたことがある。というより、わたしの一年上がその丙午だった。極端に人が少なく、その反動で次の年のわたしの学年はむやみやたらと人が多かった。小学校など一クラス増えたのである。まあそれはどうでもいい。八月生まれの女は云々というのは、丙午のような俗説として言われていたことなのか、まったくのでっち上げなのか。ちなみに若尾文子本人は11月、唄った朝丘雪路は7月生まれだそうだ。
宇津井はライバル会社の御曹司で、芝居に入れあげている。若尾の会社で生産予定の新型カメラの情報入手と引き換えに劇団設立資金を社長の父に出してもらうため、産業スパイのように若尾に近づくのであった。最初は若尾も宇津井に反撥していたが、次第に惹かれ合うというお決まりのラブ・コメディ。
東野英治郎は先代(若尾の亡父)からの社長秘書で、オールドミスになりかかっている若尾を、祖母の村田知栄子(こんな老婆の役をやるとは!)と共謀して何とか結婚させようとする。選ばれたのが四国の百貨店の次男坊川崎敬三で、若尾−宇津井−川崎が恋の三角関係を展開する。これとは別に、東野と、若尾に日本舞踊を教えにくるお師匠さん角梨枝子(こんなおばさんの役をやるとは!)が「老いらくの恋」の仲で、箱根の温泉宿で若尾に出くわし慌てふためくシーンが愉快だ。
若尾は親友で興信所に勤めている私立探偵浜田ゆう子に宇津井の身元調査を依頼する。ふとしたきっかけで宇津井の本名を知った浜田が、会社に備えてあるキャビネットからその名前を探し出すシーン。「うゐのおくやまけふこえて…」とつぶやきながら、抽斗のカードをめくっているのである。コンピューターで一発検索という時代でないにしても、「いろは順」とは…。
もっとも「うゐのおくやまけふこえて…」と言わねば順番がはっきりしないのだから、もうこの方式も古びつつあったのだろうか。実際わたしも「いろは順」で並んでいる物件を前にしたとき、「いろはにほへと…」と最初から唱えないとわからないのだが。
五十音順であれば「あいうえお…」と別に最初から言わずとも、探すべき言葉の全体のなかでの位置がパッと出てくる。昔の人は、わたしたちが五十音順で位置関係を瞬時に検索できるように、「いろは順」が頭のなかに入っていたのだろうか。まあそうに違いないのだろうけれど、想像しにくいのである。