田坂+石坂+石原+北原+芦川=◎

田坂具隆の世界

「若い川の流れ」(1959年、日活)
監督田坂具隆/原作石坂洋次郎/脚色田坂具隆池田一朗石原裕次郎北原三枝東野英治郎轟夕起子川地民夫芦川いづみ千田是也/山根寿子/小高雄二

蘄田恆存が創設した劇団昴の本拠である千石の三百人劇場は、老朽化のため本年12月末日をもって閉館してしまう。わたしがこの劇場に足を向けるのは、初夏から夏にかけて開催される「三百人劇場映画講座」のときのみで、通い始めたのは一昨年の渋谷実前田陽一特集から。いつものようにふじたさん(id:foujita)のサイトで存在を知ったのではなかったろうか。
職場からだと十数分歩いて地下鉄都営三田線に乗り二駅という至近距離なので、仕事帰りに立ち寄るのに便利だった。帰りはもっぱら不忍通りを運行する都営バス「上58」に乗って道灌山下で降り、西日暮里まで歩いて地下鉄に乗り換えるというルートで、その時間(21時前後)は不忍通りの流れもスムーズで、きわめて心地のいいバス利用の日々だった。
最近になってバス路線図を眺めていたら、上記「上58」ルートのほかに、東洋大学から白山上・駒込千駄木町を経て不忍通りに入る都営バス「草63」の存在を知り、そちらに乗り換えることにした。これだと団子坂を下りきり不忍通りに入ってすぐの「団子坂下」でバスを降り、東京メトロ千代田線千駄木駅から帰途につくことができる。西日暮里で地下鉄に乗るより、その一つ手前の千駄木から乗るほうが、混雑も少なくて楽である。ああでも、こんな映画帰りのバス乗りの楽しみはもう来年からできなくなるのか。とても寂しい。
これまでわたしが三百人劇場で見た映画をまとめておく。

このなかでは、2004年渋谷実監督の「悪女の季節」、2005年吉村公三郎監督の「婚期」が印象に残る。岡田茉莉子山田五十鈴東野英治郎伊藤雄之助ら登場人物すべてが悪人ばかりで、ハチャメチャな幕切れを迎える「悪女の季節」の脱力感、京マチ子若尾文子らの緊張感に満ちた女のドラマで水木洋子脚本の「婚期」。ああ懐かしい。
それにくらべて今年はそれぞれ一作品のみという寂しさである。まだ続いている田坂具隆(島耕二)特集は観る予定が入っていないので、今回観た「若い川の流れ」が三百人劇場で最後に観る映画となってしまうのか。あと何年後か何十年後か、三百人劇場で古い日本映画を堪能した記憶が、甘美なものとして脳裏に浮かんでくることがあるだろうか。
そんな感傷的な気持ちにひたりつつ、石原裕次郎北原三枝共演の「若い川の流れ」を観た。石坂洋次郎原作ということでいえば、すでに観たことのある「乳母車」「陽のあたる坂道」と同じで、「乳母車」は石原・芦川コンビであったが、この「若い川の流れ」は石原・北原の黄金コンビに芦川いづみが絡むという、ファンにはこたえられない作品だった。
ある会社のサラリーマン石原裕次郎は、専務(千田是也)の一人娘の花婿候補として専務宅に届け物の使いを命じられる。娘が芦川いづみで専務夫人が山根寿子。お金持ちでのびやかに育った気風が芦川いづみのニンにぴったり。石原は芦川に気に入られるが、いっぽうで同じ庶務課の同僚OL北原三枝との関係も進展する。もともと石原は女性に関心がないという男だったのだが、芦川・北原との交遊をつうじて恋を知るのである。
喧嘩したりしながらも実はお互い相手を好ましく感じているというよくあるパターンの恋愛映画ではあるが、凛々しい北原三枝が、プリプリと怒りながら石原の追跡をふりはらうシークエンスが笑わせるし、北原の怒りようが可愛らしい。いまの人でこの映画をリメイクすると誰がいいだろう…と観ながら考えてみたけれど、北原役=松嶋菜々子以外、適任が思い浮かばなかった。
爽やかで、男のわたしからみても惚れ惚れする好青年石原裕次郎の役は、いまの俳優だと誰がいいのだろう。石原裕次郎と言えばわたしの世代はすでに「太陽にほえろ」のボスであり、そのイメージはゆうたろうの芸にデフォルメされ、集約されている。裕次郎といえばあれなのだ。
華やかなりし頃の日活映画を観るようになって、人気絶頂の頃の石原裕次郎を観ていると、わたしが抱いている上のようなイメージとまったく違う、爽やか好青年がそこにいて、絶大な人気を誇っていたのもうなずけるのである。
さて、さほど登場シーンは多くないが、石原の両親が東野英治郎轟夕起子で、秋田で造り酒屋を営んでいる。突然二人は上京し、自由が丘にあるらしい石原の下宿を訪れるのだった。寡黙な東野とおしゃべりな轟のコンビ、轟夕起子の秋田弁がおかしい。二人は石原の結婚相手候補である芦川と北原に会い、満足して帰ってゆく。帰ってから轟が北原の印象を息子に認めよこした手紙が一悶着を巻き起こすのである。
「昭和が明るかった頃」(関川夏央)を体現するような明朗な映画で、爽やか石原、可憐な芦川、凛々しい北原と出演陣の組み合わせも性に合い、三百人劇場で最後に観る映画の印象としては上々吉と、雨に煙る夜の東京に飛び出したのである。
なお脚本の池田一朗とは、後の時代作家隆慶一郎さんなのだそうだ。