バレリーナ香川京子

「東京のヒロイン」(1950年、新東宝
監督島耕二/脚本長谷川公之/美術河野鷹思轟夕起子森雅之香川京子斎藤達雄入江たか子河津清三郎/菅井一郎/潮万太郎

小林信彦さんの「長澤まさみ香川京子そっくり」説に接し、以前から観ようと志していた香川さんのデビュー間もない頃の作品を観ることに決めた。1950年の「東京のヒロイン」である。香川さんは同年にデビューし、当時19歳だった。
タイトルからして期待をそそられるこの作品、モダンで軽快なラブ・コメディだった。婦人雑誌編集者で半分独身主義者になりかかっている轟夕起子が、「吉岡女史」という女性の原稿をとらないと結婚すると同僚から約束させられてしまう。轟は、吉岡女史の原稿が掲載されている雑誌の編集部を訪ね、住所を教えてもらおうとする。そこの編集者が森雅之河津清三郎。森は黒縁眼鏡をかけ、なかなかコミカルな役柄である。
実はこの女史とは森のペンネームで、森は轟に何とかごまかそうとする。ところがある日轟が電話帳をめくっていたら同じ名前をそこに発見し、当人のことだと思い込んでしまう。その人物とは銀座にあるバーのマダム。森は慌ててマダムに当人のふりをしてほしいと頼むが…。
宝塚出身の轟と森雅之が、銀座(?)の川端の石畳でバイオリンに合わせてタンゴを踊ったり、バレリーナを夢見る轟の妹香川京子が轟のピアノでバレエを踊ったり、ミュージカルの要素も盛り込まれて見所満載である。
香川さんは、互いに恋心が芽生えている轟と森の橋渡しをしようとして、自らも出演するバレエ公演のチケットを二人に手渡す。ラストのシークエンスはその会場である日比谷公会堂であり、隣同士に座るはずの轟と森はなかなか出会えず、観るほうとしては焦らされる。客席の二人を舞台の上から踊りながら気にする香川さんがかわいい。
川本三郎『君美わしく』*1(文春文庫)のなかで、香川さんはこの映画を好きだと言っている。

ええ、はじめてバレエの扮装ができたのが嬉しくて、嬉しくて。最初ね、わたしはクラシックバレエをやりたかったんです。女優になる前に。でも年齢的に無理だということで、あきらめて。『東京のヒロイン』は雑誌にシナリオが載ったときに、あ、これは、わたしやりたいって思ったんですよ。やれたらいいなあって。すごく明るい女学生で、シナリオ全体がモダンで素敵でしたよね。だから島(耕二)監督がなさってわたしがやれる、夢かと思いました。(401頁)
しかも大ファンの森雅之と共演できたのもデビュー間もない彼女には嬉しい出来事だったらしい。
「吉岡女史」と同姓同名のバーのマダムで、アル中になりかかって弟から説教されるのが入江たか子であったことは、映画を観終えてから知って驚いた。「藤十郎の恋」(1940年、山本嘉次郎監督)で観た彼女はもっと美しかったと記憶しているからで、この映画でのマダムは本当に酔いどれで、中年のあばずれという雰囲気との落差が大きいのである。このバーのバーテンが菅井一郎。バーテンの仕草が堂に入っていて、強い印象を残す。