通り過ぎる男たち

河内カルメン」(1966年、日活)
監督鈴木清順/原作今東光野川由美子/伊藤るり子/宮城千賀子和田浩治川地民夫/佐野淺夫/嵯峨善兵/桑山正一/楠侑子

この「河内カルメン」は、以前中野翠さんの『毎日一人はおもしろい人がいる よりぬき』(講談社文庫+α、→2005/11/26条)を読んで以来気になっていた映画。主演の野川由美子が薔薇の花を口にくわえたイラストが印象に残っていたのである。
観てみると、「陽気な雰囲気のおばちゃん女優」としての印象しかない(失礼)野川由美子の若い頃の美貌に驚く。目鼻立ちがはっきりした日本人離れの顔と、プロポーションの良さに惚れ惚れしてしまう。
河内の田舎から大阪の都会に出、水商売で働きながら男性遍歴を重ね、のし上がっていくという一種のビルディングス・ロマンたが、女性が主人公の映画ながら、わたしとしてはその野川を通り過ぎてゆくさまざまな男たちへの印象が強烈に脳裏に焼き付けられたのだった。
河内の幼なじみで、野川と大阪で再会し、同棲を始めるものの、温泉を掘り当てることに執念を燃やしてパトロン探しに奔走する和田浩治、これまた同棲をするのだが、野川の体を求めるでもなく、野川がほかの男に動いてもそれを黙って見守り、つねに援助を惜しまない川地民夫(中野さんは二人の間を「奇妙な友情」と表現する)、そして野川をマンションの一室に囲い、彼女をモデルにしたブルーフィルムを撮影して楽しむ「見るだけの人」嵯峨善兵。
そしてもっとも哀しいのが佐野淺夫なのだ。キャバレー勤め初日の客で、野川に手出しをしたため頭からビールを浴びせられる。そこを気に入り、それからというもの、ストーカーのように野川に付きまとい、勤めていた信用金庫も解雇されてしまう。同情を覚えた野川が、つい自分のアパートに誘ってしまったのが運の尽き、喜んでついてきた佐野は、それからヒモのように野川の部屋に居つき、主夫のように家事をこなして野川の留守を守ることになる。
野川がファッションモデルとしてデザイナー(レズっ気がある)の楠侑子の家に住み込むよう誘われたため、佐野に別れを申し入れようとする。そのシークエンスが絶品で、「佐野淺夫サイコー」と喝采をおくらずにはいられなかった。そのシーンの説明をしようと思ったけれど、中野さんはこの映画をどのように書いていたのかなと前掲書を持ち出し、見てみたらびっくり、中野さんも佐野淺夫に大注目していたのだった。野川さんのイラストだけ憶えていて文章を忘れるなんて情けない。
それで、わたしの拙い場面説明より中野さんの情感こもった文章を引用するのが手っ取り早いので、以下この映画の早すぎるクライマックスと言うべき別れのシーンに関するくだりを引きたい。

佐野浅夫扮するショボクレ男は、主婦のごとくまめまめしく家事をこなしていたのだが、ヒロインから別れ話を切り出されると、すぐにすべてを察して、いさぎよく身を引くのだ。洗たく物をたたんで、「いい夢、見せてもらいました」と、実にものわかりがいい。驚いたヒロインが「怒ったらどうなのよ!」と言うと、大げさに芝居じみて怒ってみせる。芝居のつもりが、自然とその中に本音がこもってしまう。感情が洪水のようになって、今にも堤防が決壊しそうだが、かろうじてくいとめている。そういう、スリリングで、せつない場面である。(135頁)
中野さんはこれに続け、佐野淺夫を「こんなに巧い人だったのね……」と評価する。まったくそのとおりで、本当は別れがたいくせに、恬淡と別れようとする姿、野川から芝居でもいいから怒ってと言われ、怒ったあげくそのまま部屋を出てゆく佐野が絶品なのだった。
鈴木清順監督らしい演出も随所に冴え、ああやっぱりこれもDVDに保存しておくべきか。再見の機会があるかどうかわからないというのに…。
河内カルメン [DVD]