文化勲章女優の代表作?

「「可否道」より なんじゃもんじゃ」(1963年、松竹)
監督井上和男/原作獅子文六/森光子/川津祐介加賀まり子加東大介柳家小さん松村達雄宇佐美淳也長門裕之清川虹子沢村貞子津川雅彦青島幸男柳家さん治/徳川夢声渡辺紳一郎サトウハチロー近藤日出造奥野信太郎

わたしが物心ついたときには、森光子という女優さんは「三時のあなた」の司会者であり、女優の仕事としては、ときおり「放浪記」の上演回数を迎えたときにニュースでその映像が流れる、その程度しか知らない。出演したテレビドラマも何か観ているはずだが、まったく記憶にない。したがって映画俳優としての仕事がどのような評価を受けているのか、知る由もないのである。杉村春子と並んで文化勲章を受ける業績を残した女優さんなのか、「長生きも芸のうち」なのか、どうにもわからないのである。
この「「可否道」より なんじゃもんじゃ」は獅子文六原作。『コーヒーと恋愛(可否道)』の映画化である。主人公で年増(原作では43歳という設定)の人気テレビ女優坂井モエ子が森光子。彼女の若い同棲相手で、劇団の舞台装置をやっているのが川津祐介。川津に気がある劇団の新進女優に加賀まり子。坂井モエ子が入っているコーヒー愛好家のサークル「可否会」に加東大介柳家小さん松村達雄宇佐美淳也という面々。
可否会のリーダーで粋人の菅貫一が加東で、小さんはそのまま落語家の春遊亭珍馬役、画家に宇佐美淳也*1、大学教授に松村達雄。この可否会メンバーはおろか、加賀まり子川津祐介、そして主演の森光子にいたるまで、原作の雰囲気をうまく生かした適役揃いで、獅子文六原作映画としては上質の部類に入るのではあるまいか。
何も知らないのにこういうのは暴論以外の何物でもないけれど、この映画は森光子の「代表作」たりうるのではあるまいか。それほど、年増で若い男に入れあげ、それを小悪魔的な駆け出し女優の加賀まり子に相手を奪われて嫉妬に狂うテレビ女優という役柄はピタリはまっている。
映画を観て、ずいぶん前に読んだ原作をふりかえってみると、テレビ界と演劇界を舞台にして年上の女性と年下の男性の恋愛関係を主軸に据え、そこにコーヒーの蘊蓄を詰めこんだ原作は、すこぶる斬新だなあと感心してしまう。このテーマ設定はいまでも古びない。いや、今でこそ面白味が増しているような気がする。
残念だったのは、可否会を中心としたコーヒーの蘊蓄について、もうちょっと踏み込んでほしかったこと。マニアックなまでにコーヒーの淹れ方などの蘊蓄を盛り込んだら、さらに面白くなったのではないか。映画を観てコーヒーを飲みたくなるまでには至らなかった。
それにこれは自分が悪いのだが、途中迂闊にもウトウトしかけ、ハッと気づいたときには小さんの弟子柳家さん治、つまり今の小三治師匠の出演場面の最後のほうになってしまっていたこと。若かりし小三治をちょっとしか観ることができず、残念なり。
真鍋博によるお洒落なタイトルデザインといい、青島幸男徳川夢声渡辺紳一郎サトウハチロー近藤日出造奥野信太郎の特別出演といい、森光子にたかりにくる清川虹子もいいし、獅子文六映画はやはり面白い。

*1:この人はあまり知らない。