これまた大坂志郎二役

「不道徳教育講座」(1959年、日活)
監督西河克己/原作三島由紀夫大坂志郎/信欣三/長門裕之月丘夢路/清水まゆみ/三崎千恵子/柳沢真一/岡田真澄/植村謙二郎/佐野淺夫/高品格初井言栄/藤村有弘

ラピュタ阿佐ヶ谷には、モーニングショーを始め、これまで週末の明るいうちにしか行ったことがなかった。今回は週末所用で行くことができなかったため、はじめて仕事帰りの平日の夜に訪れた。何と言ってもこの「不道徳教育講座」、チラシの並びが大坂志郎・信欣三とあったら、どうにも見逃すわけにはいかなかったのである。大坂志郎・信欣三の二人は、去年日活映画を観ていくなかで気になった脇役二人なのである。
先に大坂志郎が重要な役どころを演じた「死の十字路」の感想を書いたさい(→2005/12/3条)、川本三郎さんが大坂志郎を、石原裕次郎登場以前日活で重宝されていた俳優であるとした文章に触れた。この映画「不道徳教育講座」も裕次郎登場以前の映画であり、主演、しかも二役である。「死の十字路」でも特徴的な二役を演じていたが、この映画でも道徳・不道徳極端にブレる二役を好演している。
三島由紀夫の原作『不道徳教育講座』は未読だが、小説でなく、エッセイである。未読なので不確かだけれど、そこで論じられている思想がシナリオ化されているのだろう。映画の冒頭と幕切れに原作者自身がバーの椅子に座って「不道徳」について一席ぶつシーンが収められている。三島由紀夫は、歯切れのいい快活な人だ。いま自分の作品が映画化されたとき、このように自ら出演するような作家は誰かいるのか、すぐに思いつかない。
映画自体は、わざわざ仕事帰りに自宅と逆方向の阿佐ヶ谷まで足を運んで観るほどの価値があるとは言えなかった。要は面白くない。
不道徳の限りを尽くし、ようやく刑務所から出所した悪人大坂志郎を、出所直後から植村謙二郎・佐野淺夫がつけ狙い、追いかける。大坂が乗った寝台列車に偶然瓜二つの人間が乗っており、大坂は彼を殴って気絶させ、まんまと入れ替わるのである。被害者は文政省次官という肩書きを持つエリート役人で、山城市という田舎の町に呼ばれ、道徳教育について講演をすることになっていたのだった。
この役人が道徳教育の推進者という立場で、不道徳な悪人が清潔謹厳な役人と二役であるのがミソ。道徳教育を標榜したい山城市の学校校長が信欣三で、彼の自宅に役人を泊めることで一悶着ある。
月丘夢路は、大坂志郎が入れ替わった寝台車に乗り合わせた、山城市出身の人気女優という役どころ。最後には「悪人」大坂と結ばれる快活で美しい女優で、ちょうど「華麗なる一族」で、夫の佐分利信やその愛人京マチ子に蔑まれ、京マチ子が佐分利に捨てられる最後の場面で、無表情で鼓を打ちつづける恐ろしい中年女性を演じた月丘を観たばかりということもあり、若い頃の姿との落差に深く感動した。
映画的にはハズレと言うべきだったが、大坂志郎という人は、都会的な軽さを持っているいっぽうで、「死の十字路」での小悪党的な私立探偵や、この「不道徳教育講座」での悪人など、胡散臭さも持ち合わせているユニークな役者さんだったのだなあと、そのキャラクターに対する愛着をいっそう深めた点、救いであった。