山崎豊子的ドロドロが好き

華麗なる一族」(1974年、東宝
監督山本薩夫/原作山崎豊子佐分利信仲代達矢月丘夢路京マチ子目黒祐樹酒井和歌子香川京子田宮二郎山本陽子中山麻里小沢栄太郎滝沢修河津清三郎二谷英明大空真弓志村喬中村伸郎西村晃小林昭二加藤嘉/稲葉義男/北大路欣也平田昭彦神山繁/山本瑞穂/大滝秀治金田龍之介北林谷栄花沢徳衛佐々木孝丸

昨年「200分は長すぎる」と題し、映画「陽のあたる坂道」の感想を書いた(→2005/11/9条)。
仄聞するところによれば、このわたしの感想に対し、「長すぎることなどあるもんか」というご意見があったという。映画一般の問題として、200分の映画が長いかどうかというより、「陽のあたる坂道」の200分が長く感じるかどうかという点での見解の不一致だろう。人それぞれ、わたしは長く感じたのである。
これとは別に、濱田研吾さんから、同じ200分超の大作で、しかも豪華脇役陣出演、脇役ごころをくすぐる映画「華麗なる一族」をぜひ観てみてくださいと言われた。それに出演している役者の話を聞いているだけで面白く、観たいと思っていたところに、ちょうど年末年始日本映画専門チャンネルにて「原作山崎豊子の世界」という山崎豊子原作の映画の特集上映があったので、さっそく録画して、観ることができた。
結論から言えば、「華麗なる一族」の200分は長く感じなかった、ということだ。とはいえ諸般の事情から一気に通して観ることはかなわず、3回くらいに分けざるを得なかったのだが。「白い巨塔」といい、わたしは山崎豊子の描く権謀術数の限りを尽し、愛憎入り乱れたドロドロの人間ドラマが性に合うらしい。人間はかくも冷酷、政治また然り。
阪神財閥の当主にして、その中核たる都市銀行阪神銀行の頭取万俵大介が佐分利信。妻(月丘夢路)がありながら、家庭教師兼執事の京マチ子が実は愛人だったりする。夫の仕事のことは我関せずで、おっとりとした関西弁を話し、鼓を打つのが趣味の月丘に対し、仕事ができる肉感的な京マチ子という対比。
おまけに最初のほうで佐分利信は、月丘夢路京マチ子の「妻妾同衾」を企てる。日替わりで同衾する取り決めにして、月丘と寝る日に当っていた晩に京マチ子を寝室にわざと呼び寄せ、両手に妻妾を抱くのである。先日読んだ藤本義一『サイカクがやって来た』のなかで、山藤さんが「妻妾同衾」を取り上げ、この映画のこのシーンを描いている。
長男仲代達矢は、阪神財閥の一企業阪神特殊鋼の専務。彼には出生の秘密がある。万俵家中興の立役者にして、祖父、つまり佐分利信の父そっくりな風貌(家に飾られている写真は仲代を老けさせたもの)。かつて、佐分利が留守のとき、父が妻の月丘を犯したことを知る。その直後懐妊し、生まれたのが仲代というわけ。父そっくりな長男を忌み嫌う佐分利。
この構図、思わず崇徳天皇の「叔父子」エピソードを思い出してしまった。崇徳天皇鳥羽天皇法皇)の第一皇子で、母は皇后待賢門院なのだが、実は待賢門院と鳥羽天皇の祖父にあたる白河法皇との間にできたのが崇徳天皇であって、その出生の秘密を知る鳥羽天皇は、長子崇徳を「叔父子」(自分の長男なのだが、祖父の子供、つまり自分の叔父にあたるゆえ)と呼び遠ざけたという話だ。崇徳−鳥羽−白河の関係のほうがもっと壮絶なのだが、山崎豊子はあるいはこの話を借りたのかしらん。
次男目黒祐樹阪神銀行の貸付課長。世間を冷ややかに見ている風情。遊び人。長女香川京子は、大蔵省のエリート官僚田宮二郎と結婚するが、仕事一徹の田宮を香川は嫌う。次女酒井和歌子は兄仲代を慕い、仲代の部下でアメリカに技術習得のため渡っている北大路欣也と恋仲なのだが、父によって首相の甥と結婚させられそうになる。
阪神銀行を取り立ててみたり、冷酷に斬り捨てようとしたり、大蔵大臣小沢栄太郎は権謀術数に長けた人物。いかにもエリート官僚という平田昭彦を次期の次官にすえ、田宮を銀行局長に取り立て、舅の銀行を他行に吸収合併する役回りを押し付ける。
田宮と京マチ子は、万俵家の中でも血筋がよくなく、二人で愛人関係のように協力し合うかと思えば、平気で裏切る。日銀理事から大同銀行頭取として天下った二谷英明に、生え抜きの重役である西村晃小林昭二は面白くない。佐分利信と組んで阪神銀行と大同銀行を合併させ、二谷の追い落としをはかる。西村晃も一回り小さい策謀家。加藤嘉阪神特殊鋼の経理担当常務で、阪神銀行からの融資取り付けに奔走する。
中村伸郎は日銀頭取役で、パーティの場面にしか登場しない。さらにちらりとしか登場しないけれど、実は大物というのが一人。名前も世間にまったく知られていない、でも政財界を裏から牛耳っている「鎌倉の男」という役に佐々木孝丸。こんな人物は非現実的だけれど、いたら面白い。後半もっと出番があるのかと思ったら、ほんの一場面だけの登場で、原作ではどういう扱いになっているのか興味津々。
父から疎まれていることは承知のうえで、エンジニア一筋で阪神特殊鋼を支えようとする仲代達矢の悲哀など、まだまだ触れたいことは山ほどある。でもそれらはおいて、この映画はやはり佐分利信の憎らしいほどの「悪」が売りだろう。前半の最後で、誤って仲代に猟銃で撃たれ、「おお、息子に殺されたのか」と思いきや、後半さっそく登場して「なあんだ、死ななかったのか」とがっかりさせる。右こめかみには、猟銃で撃たれた傷跡が生々しく残り、前半以上に凄味を感じさせる。
さすが「脇役本」濱田さんご推薦だけあって、役者が登場するたびに「待ってました」と掛け声をかけたくなるような濃い映画で堪能した。
【追記】大同銀行頭取室の壁には、岸田劉生の「麗子像」が懸けられていた。こんな小道具の使い方もうまい。いまでもこうした大銀行の重役の部屋には、絵画の名品が一般に公開されないまま眠っているのに違いない。