五十一夜から百一夜へ

悪夢百一夜

花輪莞爾さんという作家を知ったのは、いまはなき『幻想文学』誌だった。出会いから愛読するに至った経緯は、その作品集『悪夢五十一夜』*1(小澤書店)が刊行されたときに書いたが、これはいまの「読前読後」の前身「東京物欲見物欲漫筆」のそのまた前身「Pre-review of Books」で書いたものだ。『悪夢五十一夜』は1999年2月に出たから、その直後の時期ということになる。あれから約7年経ってしまった。
上でリンクしたように、初期の「Pre-review of Books」のファイルはいまもサーバーに残してあるが、ここでは『悪夢五十一夜』に触れた部分のみ引用する。

もう一冊花輪氏の『悪夢五十一夜』。花輪氏は仏文学者で国学院大学教授。その花輪氏の創作集で、短編五十一編を収録した、二段組670頁を超える浩瀚な書である。本書に収録されている短編のうち半分足らずは、すでに新潮文庫『悪夢小劇場』『海が呑む―悪夢小劇場2』の2冊となって刊行されている(いまは品切れ)。私はこれらを『幻想文学』誌のブック・レヴューで知り、早速購入した。内容は「ふしぎな話」「不条理な話」と言えばよいだろうか。帯の惹句を借りれば、「日常の向側/無意識の裡に潜む/異界への招待状」である。
それらの文庫が刊行された頃、このうちの何編かを原作としてドラマ化がなされたと記憶している。おぼろげだが、「世にも不思議な物語」系のシリーズタイトルが付けられていたはずだ。覚えているのは本書の第一夜として収録されている「ちりぢごく」。主婦が車を運転しているうちに方向感覚を失い、恐怖に陥るというもの。沢田亜矢子が主婦役を演じていたと思う。
「あとがき」「初出一覧」を見ると、文庫未収録の作品やつい最近発表された作品も含めてまとめられていたので、購入することに決した。5600円はちと高いが、読んで楽しむことができればそれでよいだろう。
新潮文庫に入った『悪夢小劇場』『海が呑む―悪夢小劇場2』はいまもちょくちょく古本屋で見かけるから、取り立てて入手が難しいわけではない。わたしも持っているはずだが、探しても見当たらないのは整理が悪いゆえか、あるいは『悪夢五十一夜』を入手した代わりに手放してしまったからか。
上の文章を書いて7年も経つのに、いまだにテレビドラマ「ちりぢごく」の沢田亜矢子が記憶に残っているから、よほどサスペンスフルなドラマだったのだろう。
ところで上の文章は思わぬ僥倖をもたらした。著者の花輪さんが拙サイトをご覧になり、メールをいただいたのだ。同書を取り上げたことを喜んでくださり、それ以後同じシリーズの短篇を発表されるたび、掲載誌(同人誌『現代文学』)を恵贈いただいている。
『悪夢五十一夜』の「あとがき」に、こんなことが書かれてある。
これは一応の集大成で、五十一篇という半端な数は、「千夜一夜物語」などのヒソミにならったからで、死ぬまでになお五十篇をものにし、全部で百一夜にしたいと思っております。
これが現実のものとなった。『悪夢五十一夜』の版元小澤書店が倒産したこともあり、あらためて同書所収の51篇を収め、さらにその後書かれたり前著に未収録だった旧稿50篇が追加された新著『悪夢百一夜』*2(ウチヤマ出版)が刊行の運びとなったのである。収録篇数はおおよそ二倍になったのに比例して、ページ数も約二倍の1335頁(!)となった。前著ですら「浩瀚」という表現がぴったりのボリュームなのに、新著はそれを上回る、まるで辞書のような分厚さで、片手で持つのが大変なほど、ずっしり重い。
送っていただく掲載誌について、最近では礼状を書くのが遅れ、結局出さずじまいになってしまう失礼を重ねている。弁解めくが、送っていただいた短篇をすぐ読めばいいのだが、後回しにしているうち、時機を逸し、礼状を出しそびれてしまうのである。目上の人に対する礼儀ではない。戒めねばならぬ。
たまたま拝受してすぐに読むことができた一篇があって、そこにはわたしと同姓の人物が登場し、しかも舞台がわたしの勤務先(の学校)であることに驚いたので、その旨を認めて礼状を書いたところ、すぐに「まったく意識していなかった」というお返事を頂戴した。無意識、無関係にせよ、その登場人物がどんな性格であるにせよ、何だか嬉しかった。タイトル名を忘れてしまったけれど、本書にも収録されているに違いない。
あらためてまとめられた101篇の「悪夢」をちびりちびりと読み進めるのが楽しみだ。花輪さんには、101篇で完結と言わず(もっとも「あとがき」には完結宣言はない)、今後もさらにわたしたちの日常感覚を揺さぶるような「悪夢」を書きつづけていってもらいたい。
最後に大事なこと。前著『悪夢五十一夜』は版元が版元ゆえか5600円という高価なものだった。先に引用したとおり、勇を鼓して購ったものである。それに対し新著の『悪夢百一夜』は、ページ数が倍増したのに、定価が4000円と逆に格安になっている。“買わないと損”という言葉の見本のような本である。