大阪生まれの江戸っ子や!

「東京おにぎり娘」(1961年、大映
監督田中重雄/若尾文子中村鴈治郎川口浩川崎敬三ジェリー藤尾/叶順子/沢村貞子藤間紫/村田知栄子/伊藤雄之助八波むと志

あまり期待せず、ただタイトルに「東京」とあるという理由だけで録画しておいたのだが、観てみると、こういうものに限って面白い。愛すべき佳品であった。
新橋烏森神社の近くに洋服仕立ての店「テーラー直江」を構えて30年、昔は東京でも評判の仕立屋だったが、いまではまったく流行らなくなってしまった。不動産斡旋屋の八波むと志が実業家を連れて店を見に来たりする。激怒して追い返す親爺。その親爺さんが中村鴈治郎(二代目)である。男やもめの頑固親爺で、ちょっと気がある近所の藤間紫(こういう色っぽい役は本当にぴったり)のところに来た集金人を追い払ってあげるとき、「大阪生まれの江戸っ子や!」と啖呵を切る。
たしかにヘンなのだ。新橋に30年も店を構えていながらコテコテの大阪弁を話す。妹役の沢村貞子は、新宿で料亭を経営している。最初彼女の台詞まわしを聞いていて、浅草育ちという固定観念があるゆえか、気っぷのいい江戸弁を話していると勘違いした。
「兄がコテコテの大阪弁で妹が東京弁はおかしいんじゃないの」と訝りつつよく聞いてみると、沢村貞子もちゃんと大阪弁を喋っている。当然と言えば当然なのだけれど、何度聞いても彼女の口から出る大阪弁東京弁にしか聞こえないのが不思議なのだ。これは沢村貞子が悪いのではあるまい。そういう役者さんなのだと考えるしかないだろう。
鴈治郎の娘が若尾文子で、彼女は叔母沢村の勧めもあって「テーラー直江」を改装しておにぎり屋にしようとする。鴈治郎は大反対するが、生活優先で背に腹は変えられず、「テーラー直江」は二階に追いやられてしまう。若尾の幼なじみ(藤間紫の息子?)で若尾を崇拝するチンピラ風のジェリー藤尾に対するぼやきが素晴らしい。

おにぎりちゅうもんはやな、おふくろに握ってもらって食べるもんや。そこに値打ちも味もあるもんや。ゼニ出して食うもんやあらへん。
いまではおにぎり屋は珍しくなく、コンビニでおにぎりを買って食べるのが普通になっているが、たぶん昔は鴈治郎と同じように考える人が多かったのではあるまいか。素敵な警句である。
若尾が開店したおにぎり屋や、その前に若尾が密かに恋心を抱く川口浩と一緒に食事するおにぎり屋は、すし屋のような内装になっており、カウンターもある。客はカウンターのなかでおにぎりを握る職人の前でカウンターに座り、黙々とおにぎりを食べているのが何だか奇妙な光景だった。
かつて鴈治郎の顧客だった社長が伊藤雄之助鴈治郎頑固一徹なので服をこしらえてもらう足も遠ざかりがちだったが、銀座(背後に日劇が見える)で成長して色っぽくなった若尾に出会い、おにぎり屋を開くので来てくださいねと言われ、毎日通い詰めるようになる。面白くないジェリー藤尾は、「顔も長いけど鼻の下も長い」と憎まれ口を叩く。それからの伊藤雄之助ジェリー藤尾の絡み(鴈治郎は二人に同じ生地で同じような背広をつくってあげているのだ)は絶妙に面白い。
惚れていた川口浩にフラれたあげく、かつて鴈治郎の下で働いていて、いまでは独立して羽振りよくテーラーを経営し、おにぎり屋の開店資金を融通してくれた川崎敬三(彼も若尾を好いている)と一緒に呑んで泥酔し、帰宅してからジェリー藤尾鴈治郎に見せる酔態の何と色っぽいことよ。この映画の若尾文子は、けっこういい。