シリアスになりきれない渋谷実

「二人だけの砦」(1963年、松竹)
監督渋谷実/脚本斎藤良輔松山善三渋谷実アイ・ジョージ岡田茉莉子三國連太郎ミヤコ蝶々/菅井一郎/笠智衆加藤嘉/佐野淺夫/奈良岡朋子丹波哲郎/浜村純

去年三百人劇場渋谷実特集があったとき、職場から地下鉄で二駅先という場所でもあり、仕事帰りマメに通ったものだった。このとき観たのは、「本日休診」「やっさもっさ」「気違い部落」「悪女の季節」「もず」「バナナ」の6本。その他渋谷監督作品では「自由学校」を観ているし、今年に入ってケーブルテレビ加入・HDDレコーダー導入後、「てんやわんや」「好人好日」をDVDに録りためている。
今回衛星劇場で放映された「二人だけの砦」も渋谷監督作品で、いま三百人劇場のチラシを読み返すと、この作品もそのとき上映されていたことを知った。とにかくメジャーな渋谷作品を観ることに専念していたため、「二人だけの砦」までは気が及ばなかった。
この作品、気になった理由はと言えば、わたしの好きな若いころの岡田茉莉子出演作だということと、渋谷監督作品であることに加え、アイ・ジョージも出演していることが挙げられる。アイ・ジョージは先日ラピュタ阿佐ヶ谷芦川いづみ特集での「硝子のジョニー」で初めて観て、強烈に印象づけられた。三百人劇場チラシの作品紹介には、「全盛期のアイ・ジョージといった文言がある。
ウェブで調べてみると、アイ・ジョージという人、もちろん本業は歌手で、日本におけるラテン・ミュージックの草分け的存在だという。ラテンといえば陽気という単純なイメージしかないわたしにとって、彼が「硝子のジョニー」のなかで唄う映画タイトルと同名の主題歌は、すこぶる暗く、かつもの悲しく、心に響いてきたのである。
「二人だけの砦」も同じだった。ある暴力団組員であるアイ・ジョージは、傷害事件をおこし刑務所で服役する。タイトルバックは彼が出所してきたシーンで始まり、同名の主題歌が流れる*1。これまた低音の魅力がたまらなく、とびきり切ない曲で、いまわたしは、アイ・ジョージの歌をもっと聴いてみたいという欲求にかられている。
出所したアイ・ジョージは、兄貴分で組の幹部である三國連太郎や佐野淺夫の説得をふりきり、カタギになることを決意する。彼は三國の妹で薬剤師の岡田茉莉子と恋仲で、二人で薬局を開き、これからは真面目に働こうというのだ。かわいい妹にヤクザ者は許さねえと息巻く三國も、最後は二人の仲を認めざるをえない。卑屈で気が小さいという性格のヤクザを演じる三國がいい。
物語は、アイ・ジョージと岡田の二人が、ヤクザが足を洗ってカタギの商売をすることの難しさ、喧嘩っ早い性格を克服して「二人だけの砦」(=薬局)を守ろうとするというシリアスな展開になるのだろうと思っていた。アイ・ジョージの暗鬱な歌からもそんな予感をせずにはいられない。でもいっぽうで、渋谷実監督はこんなシリアス純愛路線の映画を作るのだろうかという疑問があった。
その戸惑いは、観ているうちに、やがて「やっぱり」という安堵に変わった。渋谷作品はシリアスに徹せないのだ。「ゆるい笑い」があってこその渋谷作品なのだ。
二人は新興団地の前に店を構えるのだが、その団地で発言権を持とうと反目しあっているいるのが菅井一郎とミヤコ蝶々の二人。菅井一郎はPTA会長で、駅前の薬局と手を結んで売り上げの25%をリベートとして受けとっている。そしてその薬局の主人が加藤嘉。不良少年らに睡眠薬を売ったり、法外な安値で薬を売り、同業者にも迷惑がられるほど阿漕な商売をしている。最初この主人が加藤嘉とは気づかなかったが、アイ・ジョージが駅前の店にクレームをつけに出かけた場面で、この憎々しい店主が加藤嘉であると気づいて驚いた。菅井一郎と加藤嘉の悪役コンビにゾクゾク。
商売がさっぱり駄目で、二人は田舎に住むアイ・ジョージの父親に借金(遺産の前借!)を申し込もうとする。アイ・ジョージの家は土地の旧家で、父親が笠智衆。謹厳な親爺で、ヤクザに身を投じた人間にお金などやれぬ、しかも遺産の前借とは何事だと激怒し、しまいにはアイ・ジョージと岡田を甲冑などが並ぶお蔵に閉じ込め、蝋燭の火が消えるまでこのなかで座り、静かにご先祖様たちと会話せいと命じる*2
ミヤコ蝶々団地の自室に猫を何匹も飼う「猫おばさん」で、ひそかに住人たちに裏で金貸しをしている因業婆。岡田が借金を申し込みに行くと、最初は自分は金貸しなどしていないと言いつつ、それがばれて、金を貸したついでに、黒猫一匹を押しつけられてしまう(この黒猫があとで悲劇の引き金となる)。
シーンの冒頭、団地にトイレットペーパー売りの宣伝車が乗り入れてくると、子どもたちが上から「間に合ってます」と叫ぶ。そうしたら車は「失礼しました」と挨拶してバックしていったり、「防火のために寝る前バケツ一杯の水を汲んでおきましょう」という消防署の宣伝カーと、「今年は渇水なので水を節約しましょう」という役所の宣伝カーが団地で鉢合わせしたり、そんな気の抜けるようなギャグが笑える。
最後は「悪女の季節」さながら、登場人物たちが巻き込まれたハチャメチャな展開になって幕切れとなる。
先日とある飲み会で渋谷実監督作品の話題になり、「合う」「合わない」が議論になった。どうやらわたしは渋谷作品が「合う」ようだ。この「二人だけの砦」だって、決して佳作とは言えないだろう。むしろ凡作・駄作かもしれない。でも最初から最後まで飽きずに楽しめたのだから、やっぱり渋谷作品はわたしの肌に合うと言うほかない。
来年の課題はずばり、「アイ・ジョージの歌」である。

*1:出所するため刑務所の出口に向かうアイ・ジョージのバックに高々と聳える刑務所の灰色の壁にスタッフの名前が黒で記されるというアイディアが秀逸。

*2:最後には生まれてくる孫のためという名目で「帰りの汽車賃」を与えるいい親父さんなのだが。