後半で爆裂する

  • 懐かし映画劇場@NHK-BS2(録画DVD)
「お嬢さん乾杯」(1949年、松竹大船)
監督木下恵介/脚本新藤兼人佐野周二原節子佐田啓二/坂本武/村瀬幸子/永田靖/東山千栄子

羽振りのいい34歳の自動車修理工場経営者(佐野周二)が渋々見合い話に応じたところ、元華族令嬢という相手(原節子)の美しさに「雷に打たれたように」なり、そこから無事ゴールインするまで展開される山あり谷ありの物語。
原の家は父が戦後捕まり、家屋をはじめ家財を抵当に入れることを余儀なくされるほど落魄している。対する自動車整理工場というのは、この当時(敗戦直後)は上り調子の仕事だったのだろうか。佐野は原の誕生日祝いに、すでに売り払われて家にないピアノをポンとプレゼントする。ところがそれを見て原の祖父母や母(東山千栄子)は苦い顔。施しを受けているようで気持ちを逆なでされてしまったのだ。
佐野も相手が金目当てで我慢して自分を選んだ、うまい話には結局裏があったのだとがっかり。原にはかつて結婚の約束をした相手があったものの、早逝してしまい、以来人を愛することができなくなった自分に悩んでいる。佐野は恋に破れ田舎に戻ろうとするが、原は彼を追いかけ…。
何と言っても後半のシークエンスが笑える。原を家まで送るため、佐野は「空いてる車を回してくれ」と自分の工場に電話する。シーンが切り替わって原の家の前に止まったのは、なんとバスなのだ。バスを降りて二人の間で展開されるドタバタ喜劇めいたシーンにも大笑い。
長部日出雄さんはこの一連のシークエンスについて、「日本映画のみならず、世界のソフィスティケーテッド・コメディーのなかでも傑出しているとおもわれる、卓抜なシークエンス」(『天才監督 木下惠介』新潮社*1、228頁)と賛辞を惜しまない。
結婚の挨拶に原家を訪れた佐野に対し、彼女の祖父母と母親が、「最近彼女は元気がない」「痩せてきた」などと愚痴をこぼし、まるでそれが自分のせいであるかのように受けとめた佐野はげんなりする。顔が徐々に苦り切ったものになってゆく過程にも大笑い。
原節子佐野周二、そして佐野の苦り切った表情と言えば、成瀬巳喜男監督の佳品「驟雨」を思い出す。あの映画では倦怠期夫婦を見事に演じていた。シチュエーションが違えど、「お嬢さん乾杯」でようやく結婚にこぎつけた二人の数年後の姿、などという空想が頭をよぎる。
そういえば「驟雨」でも、佐野周二は勤めていた会社で早期退職の募集に応じて田舎に帰って心機一転をはかろうとしていた。田舎へ帰るというのが、この当時(現在もか)における「人生の転機」の記号なのだな。
田舎と言えば、「お嬢さん乾杯」では、佐野は高知が田舎だと自分で言っている。なのに佐野の口から出るのは江戸っ子の歯切れよい東京弁。この佐野の台詞まわしがとても耳に心地よい。長部さんはこの点にも注意を払っている。

圭三(佐野の役名―引用者注)は四国高知の出身ということになっているのだけれど、一貫して東京神田の鳶職の家に生まれた佐野周二の持ち前であるべらんめえ口調で、それが竹を割ったような性格をあらわすのに、鮮やか効果を上げていた。/筆者の推測では、惠介はおそらく最初から「佐野さんの地でやってください」と注文したのではなかろうか。いずれにしても、持ち味をじつによく生かした好演によって、これは佐野周二の代表作となった。(227頁)
木下惠介 DVD-BOX 第2集