追悼根上淳

「娘の縁談」(1955年、大映
監督木村恵吾/原作林房雄南田洋子若尾文子菅原謙二根上淳北林谷栄中村伸郎/清川玉枝/村田千栄子

先日一度放映されたのだが、放送事故で最後の30分ほどを観ることができなかった。あらためて録画して観る。はからずも根上淳の追悼を込めて観ることになってしまった。
根上淳さんの訃報を聞いたとき思い出したのは、同じ大映成瀬巳喜男監督作品「稲妻」における香川京子の兄役だった。品のある良家のおぼっちゃんという雰囲気。この映画では正反対にチンピラの不動産周旋屋を演じている。
主人公の南田洋子はこれまた可愛くて惹かれる。背が低くて、他人から「チビ」と呼ばれることにコンプレックスを感じる娘で、しっかり者。でも独り言をブツブツ言いつづけるというおかしな癖がある。仕事は週刊誌の速記者。寄寓していた医師の叔父夫婦(中村伸郎・清川玉枝)宅を飛び出し、同郷の編集長宅に居候する。
対して助演というかたちの若尾文子はその編集長宅に同じく間借りしているおっとり娘で、多情な性格。若尾が南田の脇に回るという時期もあったのだな。そもそも南田は日活女優という印象だが、それ以前は大映にいたのか。
そこに九州の郷里から、南田の祖母(北林谷栄)が彼女の婚約者として見込んだ農林技師菅原謙二が上京、やはり編集長宅に下宿する。菅原は迎えに来た南田に向かって「チビ」と言い、南田はつむじを曲げる。
菅原謙二は以前観た「幸福を配達する娘」(この映画と同じ年に大映で制作、→10/19条)では、主演若尾に憧れられる青年役だった。50年代の大映を代表する二枚目スターだったようだが、わたしは例によって最近意識し始めた。
「幸福を配達する娘」では北海道から若尾の家に間借りしてくる役、「娘の縁談」では九州から間借りしてくる役、物語の途中で突然登場して、恋の波紋を巻き起こす原因になるという役柄になっている。二枚目だけれど、完全無欠という感じではなく、でも朴訥で包容力がありそうな雰囲気がいい。
南田が「チビ」と言われ菅原に反撥する裏で、実は惹かれていくというのが流れ。若尾が菅原にちょっかいを出すので我慢できず、編集長宅も飛び出して一人暮らしを始めようと下宿先を探しているときに出会うのが根上淳。実はこの二人は以前にも会っているのだが、根上は若尾が昔から憧れている幼なじみという設定。つまり男女関係がクロスすることになる。
九州から祖母北林が上京して孫の南田の結婚を決めようとするが、はねっ返りの南田は菅原を拒否して、つい根上の名前を出してしまう。やむなく南田は根上と結婚式をあげさせられるが…。そこでラストへ向かう。ラストでしか登場しないタクシー運転手の丸山修がいい味を出している。
昔の東京好きとして面白かったのは、北林谷栄が東京駅に着いて、青山の中村伸郎宅に向かおうとしたところ、「車に乗るのは嫌」と駄々をこねた挙げ句、大八車を借りて菅原が引いて帰る羽目になったシークエンス。最初丸の内のオフィス街(? 煉瓦造のビルが見える)を通っていると、「もっと賑やかなところを通れ」と命ぜられ、今度は銀座通りを通る羽目に。後ろに森永の地球儀が見える。そして国会議事堂前を通ってようやく青山にたどり着くのである。