200分は長すぎる

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「陽のあたる坂道」(1958年、日活)
監督田坂具隆/原作石坂洋次郎石原裕次郎北原三枝芦川いづみ川地民夫/小高雄二/千田是也轟夕起子/山根寿子

関川夏央さんの『昭和が明るかった頃』を単行本と文庫本で二度読み(→10/29条)、もっとも観たいと思った日活映画が「陽のあたる道」だった。
とはいえ、200分というのはいかんせん長すぎる。借りてびっくりした。3時間20分! レンタルしてきたものの、さまざまな事情で映画を満足に観る余裕がなかったから、一気に観るのではなく、細切れに観ざるをえなかった。
さて関川さんはこの映画について、「流行の思潮を追認したうえでその範囲のなかでのみ不良行為を行なうという意味で、もっとも日活的な文芸映画」(文庫版78頁)と規定する。そのうえで、この映画のなかでも印象的なシーンについて、次のように書いている。

家族会議や、異母兄妹の握手のあとで合唱される讃美歌のシーンはいかにも唐突で、見るものを赤面させかねないのだが、それがこの元来きわどい綱渡りのような映画を崩壊させることには必ずしもならないのは、この場合のキリスト教は宗教としてではなく、この家族が信奉している、または信奉しなければならないとしている西欧型個人主義の象徴として、また芦川いづみのいう「みんながいっしょにいるための嘘」として機能していることが観客にもいちおう諒解されるからだという複雑な構造を『陽のあたる坂道』は内包しているのである。(同44頁)
田園調布に大邸宅を構える出版社社長(千田是也)一家。妻(轟夕起子)、優秀だけれど女にはだらしがない長男(小高雄二)、不良性をにじませた次男(石原裕次郎)、子どもの頃の事故で片足を悪くした長女(芦川いづみ)という家族。この家族は「西欧型個人主義」を信奉し開明的で、家族会議を開いて率直に議論しあうことが家族のまとまりを維持すると信じている。しかしそのいっぽう、末娘の芦川いづみは「みんながいっしょにいるってことには、なんかの嘘が必要だわ」と自己批判も展開する。
何でも包み隠さず家族に話すことが建前なのだけれど、実際に各人は「なんかの嘘」を後ろに隠し持っており、そのことが家族関係の潤滑油として機能する「必要悪」と認めているふしもある。ここから、以前読んだ角田光代さんの『空中庭園*1(文春文庫、→7/11条)を思い出した。
たしか『空中庭園』の家族も、何事も包み隠さずというのがモットーなのに、それぞれが他人に話せない秘密を持っていた。家族に隠す秘密とは何か、この違いが、「陽のあたる坂道」の昭和30年代と現代の違いをはっきりと浮かび上がらせているというべきなのだろう。
昭和30年代ブルジョア家庭的な秘密とは、父の浮気と娘の事故の原因だ。父はかつて外に愛人(山根寿子)をつくり、子どもを産ませた。それが石原裕次郎なのだ。轟夕起子はそれを「自分も悪い」と認めたうえで、自らの子として育ててきた。
芦川の事故は石原が原因だとされているが、実は長男小高が悪く、石原が罪をかぶってきた。そのことに対し長男が次男に抱きつづけたコンプレックス、娘が女性として生きていくうえで足の悪さを気にするというコンプレックス。
先に関川さんが引用した讃美歌のシーンは、父母が子どもたちに対して石原出生の秘密を打ち明け、みんながいちおう理解したあと、「では久しぶりに歌でも歌いましょう」となる。轟がピアノを弾き、家族はそのまわりに集まってコーラスする。北原三枝は芦川の家庭教師でその場に立ち会い、困惑しながら付き合う。このシーン、やはりわたしも観ていて赤面するというより、苦笑してしまった。でもよく考えれば、庄野潤三さん一家も家族で歌ったりしている。
芦川は、足のために子どもが産めない身体なのではないかと心配し、単身大学病院(たぶん信濃町の慶応大学がモデル)の産婦人科に行って診てもらおうとする。「口の悪いという噂を聞き、それでも受診者が絶えないからきっといい先生なのだろう」とはっきり言われて、子どもっぽい受診動機にも苦笑しながら芦川を診るのが小杉勇
この役者さんについては、やはり濱田研吾さんの『脇役本』*2(右文書院)が詳しい。濱田さんは愛情を込めて小杉を「脇役としてはダイコンだった」と書く。「風格と存在感、重々しさとツブの悪いセリフまわし」「コスギダイコンは、煮つまりのあんばいが濃すぎて大味だった」(以上151頁)とも。
もっともこの映画についてだけ言えば、いかにも昔の大学病院の教授という尊大さをあわせもった風格、生意気なことを言ってくる芦川に立腹しつつも、最終的にはちゃんと診察し安心させてあげるという優しい医師を演じ、印象は悪くない。
ただ驚いてしまったのは、芦川を診るとき、煙草をふかしながら問診していること。当時は産婦人科でもこんなことが許されたのだなあ。時代を感じる。
性格がひねくれて生意気な娘の芦川、芯が通って強さを感じる北原、そして石原や轟、山根、千田、川地民夫あたりまで、それぞれ「ニン」がぴったりという映画だった。そうそう、石原の兄小高に騙されたファッションモデルの渡辺美佐子はハッとする美しさ。また姉貴分の彼女に命じられて小高と間違って石原を拉致してきてしまった子分役に小沢昭一も出演している。
陽のあたる坂道 [DVD]