解説対談読みたさに

北村薫のミステリー館

北村薫さんが編んだミステリ・アンソロジー北村薫のミステリー館』*1新潮文庫)を読み終えた。
先行する『謎のギャラリー』シリーズと同じく、巻末に北村さんと宮部みゆきさんの解説対談が付いている。『謎のギャラリー』シリーズ自体は3冊あって、それぞれ通読したわけでなく、一部を拾い読みしたに過ぎないから、解説も読んだ作品に触れた部分だけ読んだのではなかっただろうか。とはいえこの二人の対談読みたさに、『北村薫のミステリー館』は通読してみようと思い立った。
本書の編集意図は、「さまざまな小説世界を味わえる異空間、という意味で「ミステリー館」と名づけて、私の好みのものを選」んだものである。全18篇、国内・海外を問わず、100頁を超える中篇から、1頁に満たないショート・ショートまで、また、絵本も含まれている。
まずわたしが読んで面白かったものをあげてみる。岸本佐知子さんの「夜枕合戦」「枕の中の行軍」2篇。まったく知らなかったが、岸本さんは翻訳家だそうだ。小説というよりエッセイに近いもので、瑣事を細部まで大まじめに書ききる、フィクション創造能力の大きさを感じた。この人の著書(本作を収録している白水社の『気になる部分』)を読んでみたくなった。
次にパトリシア・ハイスミスの「クレイヴァリング教授の新発見」。この短篇もまたいくつかの長篇に劣らぬスリルで読ませる。ハイスミス作品に特有の不安感は一流で、次はどうなるというスリルがページをめくる手を早めさせ、読んでいる間呼吸ができなくなるような息苦しさをおぼえた。それにしても恐ろしい。
ヘンリ・セシルの「告げ口」。読者の興味をかき立てる絶妙な語り口で、これも読ませる。落ちまで読めば、ありがちなトリックなのだが、読んでいる間はそのトリックが仕掛けられていることをすっかり忘れさせられるのである。ラストで、「やられた」と臍をかむ。
緑川聖司さんの「わたしの本」は、図書館を舞台に、書物に謎が仕掛けられたした心温まる短篇。いっぽう高橋克彦さんの「盗作の裏側」は美術論文の盗作をめぐるブッキッシュなミステリだった。
面白かったなあと感じたのはこのくらいで、あと気になった作品としては、登場人物の名前や文体、作品を覆うある種の重苦しさから三島由紀夫の『奔馬』を想起させる奥泉光さんの「滝」と、昔話の「一寸法師」を英語に直訳したような、「日本変換昔話」と題されたへんてこりんな物語「少量法律助言者」。
これら作品について北村・宮部の両氏は何を語っているのか。岸本さんについて北村さんは「何と言っても文章の魅力。この方は手だれの翻訳家なんですけどね。この方、固有の文体っていうのがある」「岸本さんは朝日新聞で今年の三月まで書評をなさっていて、その書評の文章がめちゃめちゃ面白いんですよ」と語る。朝日の書評なんて、迂闊にもまったく気づかなかった。やはり今後要チェックの書き手だ。
宮部さんは、ハイスミスのこの作品を読んで彼女が大好きになったという。北村さんは「へえー、恐ろしい人ですね」と応じる。さらに北村さん談「いや、それにしてもこの小説は細部の作りがね、よくできていますね。そして、収録の大きな理由。最後の一行がすごい。こんな言葉がよく出てくる、という――一文」
「告げ口」についても、北村さんのこの言葉が作品の魅力を語り尽くしている。

(…)その中でこの「告げ口」っていうのは、軽いけれど、実にうまい。「夢落ち」っていうが(ママ)タブーとしてある。この結末も、やっちゃいけないことのはずなのに、最後の一言ですべてを引っくり返す――そこが、たまらなくうまい。導入からもう、読み手を掴んじゃいますよね。さんざん、嘘つきだとは言っているんだけど。うまいなあ。いかにもイギリス的なんです。
気になった「少量法律助言者」は、対談を読んではじめてその意図を理解した。これは、昔話を英語翻訳機にかけ、それをまた日本語翻訳機にかけるとどうなるかという実験作だったのか。「一寸法師」→“A little,law mentor”→「少量法律助言者」。一寸→ちょっと→A little→少量、なるほど。宮部さん曰く、「とにかくこれを読んでいると、幸せな気持になりますよ。「たいていのことは怖くない」っていう気分になれます」
何も知らないうちは、ただへんてこりんな話だと思っていたが、からくりを知って読み返すと、たしかにそんな気持ちになるかも。「ぶらぶらと歩いているうち」がいったん英語になってふたたび日本語に戻ると「ブラジャー・ブラジャーといっしょに歩いている間」となるのだから。その飛躍はシュールで芸術的だ。
厖大な読書を背景に、「こんな面白い話がありますよ」と選り抜いて提供するアンソロジスト北村薫の才能と、それを嬉々として享受するだけでなく、あっという解釈を繰り出す最高の読み手宮部みゆきのコラボレーションによって、収録作品の魅力はいっそう輝くのであった。