またしても空橋が!

「親馬鹿大将」(1948年、大映東京)
監督春原政久/脚本山本嘉次郎/原作川口松太郎柳家金語楼三益愛子/小原利久/由利みさを/小林桂樹/関千恵子/益田喜頓坊屋三郎山茶花究

長男の幼稚園の運動会が悪天候のため明日に順延になってしまった。せっかくの休みの日、家でだらだら過ごし時間をもてあますのがもったいない。久しぶりにスクリーンで映画を観ようという気になって、早朝からネットで情報収集した結果、これまた久しぶりにラピュタ阿佐ヶ谷に行くことにした。
モーニングショーの高峰三枝子スペシャル(「柿の木のある家」)は断念し、今日が初日の春原(すのはら)政久監督特集を観ることにする。名前に記憶があると思いプログラムを繰ったら、以前下高井戸シネマ小沢昭一特集で観た「英語に弱い男 東は東・西は西」の監督だった。ラピュタのロビーにその小沢さんから花が届けられていた。
機会があったら観たいと思っている「三等重役」もまた春原監督の作品で、今月下旬に上映される*1。ちょうどこの時期、「昭和の銀幕に輝くヒロイン」シリーズは高峰三枝子から芦川いづみに変わっていて、芦川ファンとしては「三等重役」とあわせ、見逃すわけにはゆかない(芦川いづみ特集のチラシの写真にうっとり)。
春原監督は来年2006年が生誕100年とのこと。成瀬特集といい、ラピュタ阿佐ヶ谷は一足早めに特集上映をするのが得意なようだ。
さて「親馬鹿大将」の話。因業でケチな高利貸し夫婦に金語楼三益愛子。ところが返された金が偽札(百圓札)だったうえ、空き巣に入られ家財道具も盗まれるという被害をこうむり、一転窮乏生活を余儀なくされる。金語楼はショックを受けたりすると発作を起こして倒れてしまうことがたびたび。まわりの人間が慌てて履き物を禿頭にくくりつけるのがおかしい。
この親にして、子供が二人とも東大生。兄の小原利久が工科、妹の由利みさをが医科。子供たちは親に内緒でアルバイトをする。兄が大学豆の販売、妹がダンスホールの踊り子。大学芋ならぬ大学豆なんていう食べ物があったのか。
親は親で、子供たちに内緒でちんどん屋を始める。最初は恥ずかしくて、人気のない裏通りしか歩かずに雇い主に叱られてしまうが、徐々に仕事にも慣れる夫婦。二人の奏でるちんどん屋のリズムはおかしくももの悲しく、練り歩く東京の町はまだ焼け跡も残って実に興味深い。
川本三郎さんの『続々・映画の昭和雑貨店』*2小学館)に「ちんどん屋」が立項されているが、この映画には言及されていない。もし川本さんがご存じだったら、真っ先にあげられてもいいような映画だ。
雇い主から「大学通り」を歩いてくれと命ぜられ、子供に見つかるのを恐れる二人は「鬼門だ」「親の遺言で行くなと言われている」などと頑強に拒否するが、結局断り切れず、東大の前を練り歩く。偶然(!)息子と娘と鉢合わせしそうになって、慌てて路地に逃げ込む金語楼・三益夫婦。その姿を泥棒と間違えられ、本郷の路地裏を逃げ回るシークエンスがゾクゾクする。本郷通りの古本屋が連なる家並みもいいし、路地裏の風景も表通りからは一転鄙びていて素晴らしい。
そして何より驚いたのは、またしても空橋が登場したこと。追われた二人がとうとう追っ手の学生たちに追いつめられたのが空橋上なのだ。空橋から菊坂下方向を見おろす町並みを観ることができる。「足摺岬」(「親馬鹿大将」の翌年公開)の空橋よりも荒廃した雰囲気である。空橋はフォトジェニックなスポットなのだなあ。
医者の卵である妹はダンスホールの楽団でトランペット吹きのバイトをしていたインターン小林桂樹(若い!―川本調)と「お近づき」になり、結婚の約束をする。たぶんこれまで観た小林さんの出演映画のなかで、これがもっとも若いのではあるまいか。このダンスホールでは、益田喜頓坊屋三郎山茶花究の「あきれたぼういず」が歌を唄ったり、「義経千本桜」のパロディをギターで演じたりする。これが当時の「あきれたぼういず」の芸なのだろうか。メロディが素敵に良かった。
金語楼・三益がちんどん屋で練り歩いているところをとうとう子供たちに見つかってしまうラストは、ほろりとさせられつつもハッピーな幕切れで、気分よく映画館を出ることができた。このラスト、背景に聖橋が映り、上に高架の線路が通っている。東側には万世橋駅の煉瓦造高架が見える。地図で確認すると、たぶん聖橋のひとつ東側に架かる昌平橋なのだろう。今度この景色を確認に行ってこよう。
ラピュタ阿佐ヶ谷に置いてあったチラシで、初めて渋谷 Bunkamura ル・シネマ2で今月下旬開催される川島雄三特集(東京国際映画祭協賛企画)の中味を知った。このなかに観たばかりの「あした来る人」「愛のお荷物」も入っていたとは。やはり代表作のうちに数えられるものなのだな。それと、録画してまだ観ていない「雁の寺」もある。三度目の「洲崎パラダイス 赤信号」を観たいけれど、残念ながら月曜なので無理だなあ。

*1:ついでに、『言論統制』で有名になった石川達三の「風にそよぐ葦」を映画にしたのも春原監督らしいが、今回は上映されない。

*2:ISBN:4093430330