愉快な川島雄三作品

「愛のお荷物」(1955年、日活)
監督川島雄三/脚本柳沢類寿・川島雄三山村聰轟夕起子北原三枝三橋達也山田五十鈴/高友子/東恵美子東野英治郎小沢昭一フランキー堺殿山泰司小沢栄太郎芦田伸介菅井きん

最近「天使も夢を見る」「あした来る人」と、川島雄三監督の作品を観る機会がつづいている。なぜかこのところ川島作品を各チャンネルが放映してくれる。今回の「愛のお荷物」はそのなかでももっとも愉快な映画だった。
人口が増えすぎたので人口調節法案を議会に提出しようと懸命になっている厚生大臣山村聰。このあたり少子化問題が喧しい現在とは正反対。時代は移り変わるものだ。にもかかわらず妻の轟夕起子が48歳にして妊娠したという知らせが飛び込んで、一家に騒動が巻き起こるというアイロニカルなコメディ。
山村・轟の間にはすでに成人した子供三人がいる。家は薬屋を経営しており、番頭の殿山泰司が仕切っている。
二人の長女の東恵美子は医者と結婚して6年になるが、なかなか子宝に恵まれない。長男が三橋達也。テレビ、ラジオいじりが好きが高じて、小沢栄太郎が経営する電気会社に技師として勤める。彼は父につく有能な美人秘書北原三枝と恋仲で、北原は妊娠を告げ三橋に結婚を迫る。しかし「出来ちゃった婚」に両親は断固反対、山村も有能な秘書に辞められるのは面白くない。
両親に反対されたので三橋は家を飛び出し、小沢の世話で佃島の佃煮屋の二階に逼塞する。妹の高友子が遊びに来たとき、彼は小船で新橋まで迎えに行くというのがいい。往年の佃島界隈の風景に風情あり。その妹は、京都に住む元華族(苗字が出羽小路!)の息子フランキー堺と婚約中。フランキー堺はドラマーなのである。
山村・轟夫婦、そして三人の子供たちのカップル、それぞれに出産という事件が絡んでくるドラマティックな展開が面白い。
しかも脇役陣がすごい。殿山泰司小沢栄太郎フランキー堺だけでない。山村の父で、元大蔵大臣で今は政界を引退し箱根で隠居生活を楽しむ82歳の矍鑠たる老人に東野英治郎。この設定だけで大喜び。しかも東野はカメラ狂いときている。孫の三橋に言わせると、昔は「定斎屋」をやっていたと言う。定斎屋とは薬の行商人のことだ(仲田定之助『明治商売往来』ちくま学芸文庫、333頁参照。ISBN:4480088059)。
山村のもう一人の秘書が小沢昭一だったり、議員仲間が芦田伸介だったりする。菅井きんは国会で人工中絶の許可を主張し、山村に詰め寄る野党の女性議員役。加えて山村が若い頃付き合って子供を産ませたという京都の元舞妓(今は置屋の主人)が山田五十鈴という豪華配役。二人の間に生まれた子供は東京で新聞記者をやっていて、三橋達也の二役。三橋はこの映画が日活入社第一作で、実は二役でなくもう一役、三役やっている。三橋と北原が嵐山で会っているとき、渡月橋で時代劇のロケをやっていて、その主役の侍役も三橋なのである。
「あした来る人」でも発揮されていた凝り性の男たちだが、この作品でも東野英治郎がカメラ狂いだったり(ポラロイドカメラで孫たちを撮ってあげる)、三橋のラジオ狂いもある。しかも三橋には新内の旦那芸もあって、本牧亭でお披露目までしている。ここに出てくる本牧亭は本物なのだろうか。
山村・轟・三橋・北原と言えば、市川崑監督の佳品「青春怪談」を思い出す。獅子文六原作の映画のなかで一番好きな作品だ(次が「娘と私」。これも山村聰だ)。「青春怪談」では山村・北原親子に、轟・三橋親子という組み合わせだった。また、轟・三橋、そこに小沢昭一まで加えて川島監督ときたら「洲崎パラダイス 赤信号」だ。
この「愛のお荷物」では、受胎調整を主張する厚生大臣山村聰と轟の夫婦を諷刺する新聞漫画を清水崑に描かせているというおまけまである。二人ともそっくり。
映画の最後で、内閣改造により山村が厚生大臣から防衛庁長官に横滑りする(お祝品として甲冑が届けられている!)。もうこれで家族に子供が産まれることを憚る必要はなくなったと安堵するかたわら、生まれた子供たちが戦争に行かされるのではないかと心配する人たち。ここで三橋がいい台詞を言うのだ。これは人口を抑制しようとする世の中であっても、人口減少を憂う世の中であっても共通する名言だった。
【追記】日本映画データベースで調べると、「愛のお荷物」「青春怪談」「あした来る人」はいずれも日活で、しかも1955年の3月・4月・5月と連続して制作されているという驚愕すべき事実に突き当たった。「青春怪談」だけ市川監督だけれど、この時期の三橋達也さんの活躍はすごいものがあったのだ。