マニアな男たち

「あした来る人」(1955年、日活)
監督川島雄三/原作井上靖/脚本菊島隆三山村聰三橋達也月丘夢路新珠三千代三國連太郎小夜福子小沢昭一高原駿雄/小沢栄(栄太郎)/金子信雄

あとから一々言及するのも面倒なので、最初に川本三郎『映画の昭和雑貨店』(小学館)シリーズにおけるこの映画の登場項目を列挙しておく。各項に付したアルファベットはあとで言及するための便である。

  • 『映画の昭和雑貨店』*1:A「失われた生活詩」
  • 『続・映画の昭和雑貨店』*2:B「ラヴシーン」C「ホテル」
  • 『続々・映画の昭和雑貨店』*3:D「男の道楽」
  • 『続々々・映画の昭和雑貨店』*4:E「お妾さん」
  • 『映画の昭和雑貨店 完結編』*5:F「ファッション・モデル」

以上全5冊、まんべんなく登場する。それだけ「昭和雑貨店」的アイテムが揃っているということだし、川本さんが好む映画でもあるということだろう。
芦屋に住む会社社長の山村聰は、時々上京して日比谷のホテル(C)に宿をとる。山村の娘が月丘夢路(きれい!―川本調)。彼の夫は会社勤めのかたわら山登りに血道をあげる三橋達也。彼の登山はマスコミでも報道されるほど有名なので、趣味というより専門家に近く、アルピニストと呼ぶべきなのだろう。月丘は三橋が自分をそっちのけにして山登りに出かけるのが不満で、夫婦の間には感情的な亀裂が走っている。
その月丘が特急のなかで出会い、惹かれてゆくのが三國連太郎。彼はカジカ研究ひと筋の男。研究に熱中するあまり妻をかえりみず、妻が早死にしてしまってからそれを悔やんでいる。月丘はそんな研究熱心な三國の姿に好印象を抱く。
山村は東京滞在中、銀座にある洋装店の女主人新珠三千代と密会している。二人は愛人関係にあるが、プラトニックな仲で、新珠にとってそのことが逆に「自分は飾り物」だとして不満の原因になっている。その新珠は、登山に打ち込み、小犬を無心に可愛がる三橋(つまり愛人の娘の夫)に惹かれてしまう。
ストーリーはこの5人の恋愛模様で織りなされる。夫が山登りに熱心なあまり自分にかまってくれないというのに、同じようにカジカに熱心な三國に惚れてしまう月丘の心理や、新珠の三橋に惚れる心理を見ると、川島雄三監督は女性がそうした夢一筋の男性に惹かれる心持ちをとくに描きたかったようである。
この映画で面白いのは、男性陣が三者三様のマニアックな趣味をもっている点だろう。川本さんは川島雄三は、男の道楽にこだわる面白い趣味があり、彼の映画には、よく、妙なものに夢中になる男たちが出てくる」(D)として、この映画における三國連太郎の「カジカおたく」ぶりに触れている。
カジカのことを話し出すと止まらなくなる三國だけでなく、三橋も飲んでいたらふと思い立って山登りをしたくなり、突然支度をはじめて出かけようとするし、ヒマラヤ登山の計画も妻に話さず仲間(小沢昭一)らと勝手に進めてしまう。
そのうえ面白いのが山村聰。川本さんも(A)にて指摘しているが、彼の趣味は「風呂焚き」なのだ。自宅に帰ると風呂釜の前にすわって薪をくべ、湯加減を調整する。三國が来訪したときにも、熱心に風呂を勧めて焚いてあげる(ただ湯加減が熱すぎて三國はそれを言えず我慢するのがおかしい)。娘の月丘は、父親が風呂焚きに夢中になるあまり、ガス風呂に変えられないとぼやく。
さらに風呂上がり後の食事がすき焼きで、これも自ら具や割り下を鍋に入れてこしらえてあげる。奉仕好き、「鍋奉行」でもあるわけだ。そのくせ「無駄なことには一銭もお金を出さない」と、三國の論文出版のための援助には応じない。
川本さんがこの映画を好きなのは、新珠三千代の「ひかげの女」ぶりに惹かれているからとおぼしいが(B)(E)、わたしはむしろこの映画の月丘夢路を見て「綺麗だなあ」とうっとりしてしまった。総白髪の山村聰と、彼の友人でパトロネージュ趣味のある藤川社長役の小沢栄太郎は、顔つきにくらべちょっと老けすぎなのではないかという感じ。金子信雄は若い頃髪があって(当たり前か)痩せていたのだなあと驚いた。